HICPMメールマガジン第740号(2019.07.24)

みなさんこんにちは

第9日目、5月16日(木曜日):帰国日
わたくしのローマ紀行は、旅行前に考えていたこととは逆に、ローマについて知らないことを次々に発見するたびで、日本に帰ってから書籍で調べる課題を沢山背負い込んだ感じである。特に古代ローマ帝国も関する私の知識が貧弱であり過ぎたことがショックでもあった。コンスタンチヌステイの登場が古代ローマ帝国を最大の版図にした事実と、それはキリスト教を国教化することで、宗教による団結力の大きい国家にしたと思い込んでいたことが間違いで、英雄としてコンスタンチヌス帝が行なったことは、キリスト教を手段として、その政治的力を拡大したが、旧勢力との対立といった内部矛盾はその後の当座もローマ帝国も東西対立による分離支配ではなく、一種の協議離婚の統治の導火線となった。東西ローマ帝国は対立する国家関係ではなく、単なる当地の分離でローマ帝国はその後も東西ローマは支援し合う関係の国家であったことも今回のツアーを機会に調べて判明した。ゲルマン民族の大移動や西ゴート族の登場など、私のこれまでの歴史理解では突発的なことのように信じていたが、実はゲルマン人の大移動と言われているものも数百年かけて行われていたもので、古代ローマ帝国との関係も、ゲルマン人が古代ローマ帝国で一定の政治的力を蓄えて、それがローマ帝国の統治を質的に転換させるようになったもので、決して洪水が都市を破壊するような外部からの破壊ではなかったようである。この古代ローマ帝国の終焉に関しては「量から質の転換」と言われる弁証法的な見方で、質的に崩壊したことをしっかり理解しないといけない。西欧歴史の歴史観に対する宿題が与えられたように思っている。

現代に生きているトラヤヌス帝の大浴場
古代ローマ帝国では多くの皇帝が大浴場を建設した。それらは文化的な古代ローマ帝国の文化性を誇るミュージアムで、そこから発掘された大理石の彫刻や建築物の装飾部材が、現在文化財として観光資源として使われているように、高い文化性を誇るものである。マケドニアの王であったアレキザンダー大王は東方遠征のとき、多くのヘレニズム文化を代表するギリシャ彫刻を持参し、ギリシャ文化の高さを異民族に誇り征服の手段にしたと言われている。インドの仏教文化発祥の地、ペシャワールで多数発掘された仏像の多くが、ギリシャ彫刻を模して造られたことはアレキザンダー大王が持ち込んだヘレニズム文化を象徴する彫刻美が、インドにおいて如何に尊敬された文化として受け入れられたかを説明している。その統治は軍事的な力だけではなく、文化的な尊敬によるものであったに違いない。
古代ローマの大浴場が文化リゾート施設の始まりであったことは、以前リゾート開発についての調査で欧米のリゾート開発を調査したとき、西欧のホテルの浴室に関する考え方として教えられたことを思い出させた。ホテル宿泊客の睡眠時間以外の時間で、ホテルで過ごす過半の時間はバスルームである。それ故バスルームは、来客を宿泊させる邸宅や高級ホテルでは重要になる。オーストラリアのリゾート地ブリスベンでは、ホテルの客室の半分以上の面積が、読書をし、音楽を聴くリクリエーションのできるバスルームとして計画されている。
米国のNAHBのIBS(インターナショナル・ビルディング・ショー)の中で、ラスベガスでのニューアメリカンホームで展示される高級住宅は、邸宅全体が大浴場を中心とした長期滞在する客を受け入れることのできるリゾートの住宅地逗留客がリゾート地で生活することが出来るように設計されている。ホテルや邸宅に対する満足度はバスルームで過ごす時間の満足度となることをホテル経営者やニューアメリカンホームの設計者から聞かされた。その原点が古代ローマに登場する絵画や彫刻で飾られ、音楽やダンスを楽しんだ大浴場にあるに違いないと考えた。
私自身、今回の古代ローマ遺跡で雹にあって、泥水の道を歩き、体を冷やされ疲れたが、宿泊したホテルには大きな浴室があって大いに癒された。そんな訳で、古代ローマの大浴場を連想してしまった。

最終日のテルミニ駅前のトラヤヌス帝の大浴場周辺の散策
5月16日スターホテルズの周辺のテルミニ駅周辺の共和国広場を中心に、噴水を古今で作られたルネサンス時代に復興された古代ローマを想像できる現代ローマの街並みを散策した。現代建築の間に作られた小路に沿って古代ローマのトラヤヌス帝の大浴場跡に建設されたルネッサンス時代の教会があり、そこに足を踏み入れると現代の喧騒とは絶縁されたルネサンス時代の空間があり、そこから古代ローマ時代の大浴場跡の建設が顔をのぞかせている。テルミニ駅と目と鼻の先にある古代遺跡にルネサンス時代に建設された寺院の内部では、ローマの現在の経済活動を感じさせる騒音もそこには届かない。現代と隔絶した不思議な空間があった。古代ローマと中世ローマは溶け合っているように思われ、そこに息づくローマの歴史文化を生き生きと観光客に気付かせてくれる。
11時に空港行きの予約していたタクシーに併せて、スターホテルをチェックアウトした。少しタクシー待ちをしたが、スターホテルズからタクシーでフェイミチー(ローマ)の空港(2人でEU50)に予定どおりの時間で到着した。13:30:フェイミチ―ノ(ローマ)空港チェックインし、」14:30:飛行機に塔乗し、15:15:テイクオフした。ローマから日本まで11時間の機内時間は、ローマの10日間があっけなく終わり、旅行で見学して回った記憶の整理をする気力もなく、ぼんやりローマの見学地を思い出していた。これまでのHICPMのツアーでは報告書の原稿書きで大忙しであったが、今回は、「ローマ紀行」としての総括もできず、帰りの機内では落ち着かない時間をすごした。

第10日目:帰国5月17日(金曜日)10:30成田到着、
成田からリムジンバスで新宿へ、新宿から京王線で多摩センターへ、多摩センターから自宅へタクシーで、17:00無事帰宅(多摩)、留守中猫の面倒を見てくれた娘が両親の無事を確かめにやってきてくれた。今回連載した「私のグランドツアー」は、古代ローマ、ルネサンスローマ、現代ローマの特色となっていることを知ることが出来た。お読みくださった方に感謝いたすとともに、ぜひ皆様に西欧文化を「時空間を飛び越え」て、グランドツアーをご計画なされてはと思っている。

昨日参議院選挙が行われ、その選挙結果が多くの人たちから評価され、批判され、令和の時代の予測が行なわれている。私も国政によって政治経済が大きく変化することは見てきただけに、その動向には気の休まることはない。私がこの選挙結果をどのように考えても何も変わらない。それは西ローマ帝国の崩壊という時代の大きな変化に「歴史的必然とその中で英雄の果たした役割」というイリイチ・レ―ニンの論文を読むと、その時代を造った英雄の決断力が分かるし、その意味ではタキツスの書いた「ローマ史」や塩野七海の『ローマ人の物語』は、「歴史は英雄によってつくられた」と信じさせてくれずが、そこでの登場人物が誰であっても、歴史の結論は同じところにたどり着くというようにも思われる。レーニンは自らのロシア革命の経験を基に、英雄とは歴史の「量から質への転換点」を間違わないで認識し、チャンスに人を打てる人であるのに対し、多くの人は歴史的変革の条件を認識できず、チャンスをブレークしてしまう人であると言っている。結果論として説明をすることは出来るが、歴史的判断は、その時代から何十年経っても確定できない場合も多い。社会科学書も人文科学者もその歴史的判断を間違わないようにするために歴史・文化を学んでいる。
全ての人がそれぞれの置かれた歴史の中で正しい判断をしようと考え、政治的選択をするのが国政選挙である。それは選挙に参加した人たちの政治判断であって、真理でも何でもない。国民の選択が間違っている場合もいくらでもある。そのような歴史の試行錯誤を経て社会的な歴史認識が形成され、政治が決定される。多くの人たちがローマに出掛け「ローマ紀行」を書くが、その内容は千差万別である。しかし、多くの人たちが書いた「ローマ紀行」が、人びとの歴史認識の合意に向けての基盤となって、人びとのローマに関する共通認識が形成され、その共通認識が人類の歴史的知恵となる。人類の歴史を正しく理解しようとする努力が多くの歴史書の記述となり、グランドツアーへの関心になり、その試行錯誤によって正しい歴史認識がつくられる。参議院議員選挙の結果も、少なくとも戦後の歴史分析を行なって国民共通の歴史認識が形成できれば、未来に向けての正しい判断に近づけるかもしれない。
NPO法人住宅生産性研究会理事長戸谷英世)

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