HICPMメールマガジン第742号(2019.08,14)

みなさんこんにちは、
今日はお盆休みのようですが、メールマガジンを送付するため、HICPM事務所に出勤しました。今回のメールマガジンは今後計画しているものを予めご理解いただこうと、メールマガジンを送付することにしました。先般BM(ビルダーズマガジン)第265号で都市計画法違反の「開発許可の手引き」について関係者にご理解いただこうと私と新都市計画法50年の総括を纏めてみました。都市計画法が政府が陣頭指揮して違反行政を進めているため、わが国の都市計画が歪んでしまっていることを刑事事件としようと努力しましたが、刑事に「起訴はしない」と明言され、国民は直接刑事告訴はできず、どうにも仕方がありませんでした。

都市計画法の問題は一旦そこで打ち切って、今回は「住宅を取得することにによって、国民が個人資産を形成できている欧米と資産を失っている国、日本を比較し、欧米に倣う方法を考えてみることにしました。。

一つ私が拘っている問題は、わが国では国民が住宅を取得して貧困になっている問題です。この問題に関しては、これまで井上書院から多くの単行本を出版して訴えてきましたが、そのメカニズムが読者に理解され切っているようには思えません。これまでもこだわってきたようにわが国の住宅問題を理解するためには、欧米との比較検討が不可欠であると思っています。そこで、今回は米国のウォルト・ディズニーが取り組んだ『セレブレイション」のTND開発を最初に登場させ、米国人にとって住宅地開発は基本的人権を守るために重要なものと認識していることから、日米の違いを説明しようと思います。私が1962年に建設省住宅局で住宅官僚として公営住宅法の施行に関係して以来、住宅産業界、住宅行政界で経験したことと住宅問題に関し欧米との関係で調査研究したことなど、住宅関係者に知っていていただきたいと思う事項やエピソードを盛り沢山取り入れることにしました。

今回取り上げる問題ではありませんが、私自身の住宅問題との避けられないもう一つの関わり合いは、1960年日米安全保障条約との関係です。1959年岸信介は横田最高裁判長にその任命権を使って、「日米安全保障条約約を日本憲法に違反」と判決した東京地方裁判所伊達秋男判決を反故にし、日本国憲法に違反対立する日米安全保障条約を日本国憲法と両立するものにしたしまった。その結果、私の官僚人生は、日本国憲法に違反した日米安全保障条約に振り回されてしまったが、その日米安全保障条約にゆがめられた官僚生活を明らかにしようとしました。住宅問題と都市計画法の問題こそ、日米安全保障条約の中心の問題です。

日本国憲法で明らかにした「戦争の放棄」を前提に、戦後の日本は米分の朝鮮戦争以降の極東軍需戦略の片棒を担がされ、軍需産業の復興のための軍需産業労働者向けに住宅政策はわが国の現在の住宅政策の始まりになっています。日米安全保障条約によって日本の戦後の復興と経済成長が実現されたことは事実です。同時に、その日米安全保障条約が日本国憲法に違反することも事実です。日本が米軍の極東軍事戦略に組み込まれて、軍国主義国家として経済復興したことも事実です。
現在、イージスアショアーや社会主義圏と対峙する米国の軍用機を国民の税金を使って大量に買い付けていることは。日本国憲法で宣言した「戦争の放棄」に当たらないという安倍政権の説明であっても、政治的脅迫を受けない国民には理解できません。私の官僚生活の始まりは米軍のための軍需物資を生産する軍需産業のために働く労働者に住宅を供給することから始まっているのです。住宅金融公庫の行なった産業路言う同社向け住宅は、旧財閥の復興に合わせた社宅供給であり、私が担当した公営住宅は、軍需産業の下請け企業や関連産業に働くより所得の低い労働者を政策対象にした公営住宅です。

終戦記念日や広島・長崎の原爆投下記念日を中心にTVや新聞・ラジオは核兵器や戦争の悲劇を改装し、終戦当時の反省を思い出させる情報を氾濫させていますが、その中で「核廃絶協定に米分の意向を考えて国際条約に調印しない安倍内閣を日本社会は事実上容認しています。日本は敗戦後米軍の占領下におかれ、独立したサンフランシスコ平和条約締結日に日米安全保障条約を締結させられたという事実さえ、国民に学校教育で教育されていません。

私は半世紀以上住宅・都市問題に関係し、日米安全保障条約が、日本の住宅政策、都市政策、地域政策に、日本を米軍に従属する軍需国家につくり上げられ、欧米とは全く異質な日本国憲法に違反した軍需産業国家につくり上げられた事実を容認することはできません。日米安全保障条約がわが国の住宅政策、都市政策、地域政策にどのような影響を与えてきたかを歴史の証人として私は明らかにしなければと思ってきました。この問題はまとめ切れるかどうかは私にも分かりませんが、私でなければできない問題であると私が自覚する範囲で纏めていきたいと思っています。
来週から取り扱う日本の住宅産業を正確に理解するために、私が紺の半世紀間、わが国は住宅政策を考える際、比較する対象としてきた米国の住宅産業について広く取り上げることにする。私のここで取り上げる情報はわが国が1970年に行なった建築基準法第5次改正時に、米国のUBC(統一建築法規)を参考にしたとき学んで米国の建築法規や建築行政と、その後引き続いて取り組んだ2×4工法を建築基準法の技術基準にするための米国およびカナダから学んで住宅産業情報が基礎になっている。そして1996年全米ホームビルダー協会と「相互友好協力協定」を締結し、その後約四半世紀の間米国とカナダから技術移転されたことが基礎になっている。

基本的には将来の日本の住宅・都市問題を考える上での必要とされると考えられる「関係当事者の備忘録」のような資料で、できれば歴史的事実として合意形成ができる資料とするための素案である。全く書下ろしの素材のような資料であり、不正確なところも多いと思われるので、読者の皆さんからのご指摘、ご意見をいただければありがたいと思っている。(NPO法人住宅生産性研究会理事長戸谷英世)

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