HICPMめーるまがじんだい850ごう(2019.10.07

みなさんこんにちは

 

第8回

TNDを可能にした米国・カナダの2×4工法、国民を貧困にする日本の2×4工法技術

わが国は第2次世界大戦の戦災で大きな市街地火災を経験し、戦後不燃都市建設を国の目標に掲げ、直接的には1566年のロンドン大火後の「木造建築の禁止」の英国の都市防火政策を採った。英国で始まり、その後米国にも導入された防火地域制(ファイアー・ゾーニング)は、わが国の防火地域制のモデルでもある。英米での防火地域制は建築規制として行われ、防火地域制は木造建築物の建築規制制度であるが、わが国では土地利用規制を行なう都市計画制度で実施されたが、木造禁止規定を土地利用規制制度とされた理由は分からない。都市計画法上、「防火地域は都市施設」と説明されているが、防火地域では木造建築制限と鉄筋コンクリート造建築の促進しか行なっておらず都市施設とは言えない。

 

鉄筋コンクリート産業支援のための建築基準法行政

わが国では不燃材料の利用として鉄板、石綿スレート、コンクリートブロック、鉄筋コンクリート造の建築物を建築することを防災都市建設と考え、その考え方で「防災建築街区促進」を展開した。しかし、建築物を鉄筋コンクリート造や鉄骨造で作っても、一旦火災が発生すれば火災は建築物内部を燃焼させてしまう。建築物間に防災空地を造らない限り延焼防止は困難である。戦後の都市防災は、防災空地を潰し鉄筋コンクリート建築物の建築促進させてきた。火災の延焼拡大は隣棟への延焼防止に矮小化された。耐火建築物は市街地火災の原因と見なさず、逆に防災施設と見なした。火災熱による鉄筋コンクリート構造の過熱による強度低下の時間を耐火時間と定め、それを都市防災効力と見なした。防火地域は木造建築物の建築禁止をしているが、鉄筋コンクリート造建築物を建築する場合、建蔽率及び容積率で大きな規制緩和措置が与えられ、耐火建築物の名を借りて鉄筋コンクリート造建築に大きな規制緩和を与え、空地を減少させ、都市の防耐火施設として都市の防耐火性能を高めてはいない。東京大学岸谷教授に国民を危険に晒している規制緩和が理解できていない筈はない。鉄筋コンクリート産業から研究助成の名で遊興費まで集ってきた産学官の利権が複雑に絡む伏魔殿が日本建築学会である。

米・加の2×4工法の構造及び防耐火の技術がわが国で理論的解明がなされない状況で、それを国内で実現できるようにするため、1970年に当時の建築基準法上で有効とされる技術基準を拙速的に作成し、その後、政府として総プロによる技術革新を行ない、米・加に倣う技術基準を整備することになった。それは当面「輸入住宅の促進」だけの理由で取り組まれたもので、米・加のように防耐火、遮音、断熱等の住宅に諸品質を考えたものではなかった。1971年建設省が総合建設技術開発プロジェクト(総プロ)で、米国やカナダの2×4工法と同じ構造及び防耐火技術基準を開発する研究開発を始めた。岸谷孝一は総プロに干渉し、鉄筋コンクリート造業界の耐火建築物市場を破壊する研究と非難し、「2×4工法住宅を耐火建築物にすれば、火災荷重(木造建築物)を都市に持ち込むから、2×4工法による耐火建築物を許してはならない」と論陣を張った。

防災都市建設の旗の下、鉄筋コンクリート関連の研究は産官学から研究助成を受け、鉄筋コンクリート関連の研究関係予算は全建築研究予算の80%を超し,産官学を代表した岸谷孝一の影響を受けていた。

当時、三井ホームは防耐火規制の緩い郊外住宅地開発を展開し、2×明ける4工法の市場が耐火建築物に拡大されることに反対していた。松谷創一郎元住宅局長は代議士に転身する意思を固め、日本2×4建築協会を創設し、協会会長職を三井ホーム社長に固定させ、三井ホーム支援の2×4工法推進策を行ない、その見返りの政治活動を行なわせる裏取引を行なった。また、建築学会に指導力を持つ岸谷孝一の意向を忖度し、2×4工法の総プロを中止させ、木造耐火建築の法制化を阻止した。

米・加はもとより世界の火災建築研究は、可燃材料の燃焼実験に始まっているが、日本だけは鉄筋コンクリート構造部材を火葬場に持ち込み、火災条件下での加熱耐力実験をし、「鉄筋の加熱耐力を耐火性能にする」世界に例のない耐火建築物研究から建築基準法の耐火理論が構築されていた。鉄筋コンクリート以外の材料では耐火建築物は作らせない鉄筋コンクリート業界と癒着の産官学体制が出来ていた。

 

わが国の2×4工法住宅

米・加では住宅に求められる品質全体で2×4工法は既存の住宅と比較して社会的評価がされ、それレの技術を取り入れたTNDを推進することになった。米国では防耐火性能は火災保険の関係で建設工事費に影響し、工法選択の鍵になっていた。1972年にUBC(ユニフォーム・ビルディング・コード:統一建築法規)に木造耐火区画(ファイアー・コンパートメント)を導入し、それに代えて、防火地域(ファイアーゾーニング)を廃止した。

わが国では、1970年全国各地で発生した大火災の再発を防ぐため、建築基準法第5次改正で取り組むことになったが、建築基準法は東京大学が牽引する日本建築学会の業界本位の技術基準で、国民の安全は守れないと判断した。そこで第5次改正は、米国のUBCに倣って行うことにした。火災成長理論に立って、「竪穴区画」の肺炎施設による安全避難を実現する米国の防耐火・避難の基準を採用した。しかし、日本建築学会は既存の建築基準法の鉄筋コンクリート推進の基準が相手にされなかったことを恨み、建築関係メディアを利用して建築指導課を誹謗中傷し、『建築文化』誌で公開論争を挑んできた。

その後、建築学会を隠れ蓑にして利権を握ってきた東京大学の意向が、「産学共同」路線を放棄した住宅局により、建築基準法及び建築基準法行政に取り入れられず、建築業界での利権を失った。

わが国の合板業者〈永大産業や中村合板〉は、米国の2×4工法は合板の市場拡大ができる工法と判断し、2×4工法を特定の合板業者の独占的な産業とすべく、2×4工法建材供給業者の利権と住宅局の行政利権を結びつきで実施された。当初の2×4工法を米・加の技術に揃える計画は、合板業者の特許工法(ED工法、ナプコ工法)として業界から住宅局に持ち込まれ、企業単位で建設大臣認可の特殊工法として始められた。その後、「2×4工法を一般工法化する計画」は、カナダ政府の支援で一般工法として進める住宅局の方針が進められた。わが国の技術を米・加に匹敵する技術とするためには、米・加に追いつく技術開発が必要とされ、建設省では、総プロ(総合技術開発プロジェクト:5年間、5億円の調査研究)で、木造耐火建築物とダイアフラムの構造解析の研究開発と木造耐火建築物を発足させた。建築基準法改正業務に参加できなかった岸谷孝一ら東京大学建築学研究者たちは、鉄筋コンクリート業界利権を前面に出して総プロを妨害し、総プロは2年間で中止させられた。

総プロを妨害した理由は、2×4工法が米・加と同じ技術基準が設定され、木造耐火建築物が、米・加と同じ工事費で建設できるようになると、鉄筋コンクリート建築を圧倒する建設量になると考えられたからであった。戦後わが国では一貫して、防災都市建設を標語に鉄筋コンクリート造建築物の振興により産・学・官の利権構造がつくられてきた。その関係者は、米・加の木造耐火建築物を登場させれば、鉄筋コンクリートの利権は崩されると危機感を持った。また、三井ホームがその貧弱な技術力で2×4工法住宅産業で支配的立場を維持するためには、総プロであつかう技術に拡大することでは、市場支配の対応できないと判断した。そこで三井ホーム、日本建築学会、建築行政3者は、自分らが支配できる技術に限定し、市場支配力の範囲で産・学・官による2×4工法支配を行なうことになった。その結果総プロで対象にした木造耐火建築、木造ダイアフラムの技術開発時期尚早と切り捨てた。三井ホームは2×4工法での市場を支配できるように、建設省に2×4工法技術の枠組みを維持する政策を求めた。

松谷創一郎住宅局長は三井ホーム社長を、住宅局の2×4行政の官民を結ぶ受け皿団体、㈳日本2×4協会の会長であり続けることを決め、事実上、三井ホームを利用して政治資金と代議士選挙での集票を行ない、政治家への転身を行なった。COFI(カナダ林産業審議会)は、国内での2×4工法製材(ランバー)として、北米市場で強いダグラスファーではなく、カナダ市場で強いヘムロック(米栂)の販売を日本市場で拡大しようと考えた。松谷住宅局長は日本2×4建築協会を設立と組織固めと政治資金を集金と集票を、三井ホームが業界での指導力を維持できる住宅政策を、COFIによるカナダの住宅技術を学ぶ全国規模で日・加協力の「2×4工法住宅キャラバン事業」を展開した。日本への2×4工法ランバー(製材)と合板輸出を推進すると同時に、わが国の工務店にカナダの2×4工法技術を見学する現地ツアーを行ない、併せて、COFI会員が林産物の販売で挙げた利益の一部をキャラバン事業に投入させ、政治活動(政治資金と得票)を展開し政治力を拡大し、住宅局(松谷住宅局長)、COFI,日本2×4工法建築協会、三井ホーム、住宅金融公庫、日本建築学会らによる利権集団が結成された。

 

為替の急変(円高ドル安)「プラザ合意」と輸入住宅

わが国の2×4工法は、その工法の高い生産性を住宅会社の利益に取り入れる特殊工法扱いから始まり一般工法になった。為替利益が目的で2×4工法建材輸入とやがて2×4工法輸入パッケージ住宅の並行輸入が取り組まれた。円高がより急速に進み、ベトナム戦争での米国の敗戦と米国の財政危機による円高の追い風を受け、米・加は日本への建材輸出を競い、わが国は建材輸入が円高を背景に拡大した。その集大成ともいうべき出来事が「プラザ合意」である。1ドル230円の為替レートが1ドル130円台にまで急騰し、最終的には1ドル70円台にまで円高は進んだ。米加は輸出促進を進め、わが国は輸入住宅促進政策は、中曽根内閣が前川春雄日銀総裁の助言『輸入住宅の促進』を政策に取り入れ、建設省と通産省が住宅金融公庫とJETROを使って、米国の輸出促進政策と平仄を合わせてドル危機を救済政策として進められた。

米国政府はわが国の住宅建設業の生産性に低さに注目し、建材輸出を計画どおり実現するためには、わが国の建設業者の工事(現場)生産性の向上こそ鍵と考えた。そこで米国政府は、住宅建設業者の工事生産性を向上させるため、ワシントン州と全米ホームビルダーズ協会(NAHB)と協力し、CM(コンストラクション・マネジメント)技術のわが国への導入が全国規模で取り組まれた。その後、米国の住宅産業技術移転に取り組むHICPMが創設され、NAHBとが相互友好協力協定を締結し、NAHBのCM技術の国内移転が約4半世紀取り組まれた。CM技術のわが国内への移転に関し、政府も住宅産業界もCM技術を知らず、米・加のように生産性向上は学習されず、学校教育にない建設技術(CM)技術の国内への導入には政府は否定的で、国内の住宅産業には受け入れられなかった。

その当時、米国ではTND開発が北米全体に拡大し始めていた。米国では優れた住環境を持った住宅がわが国の半額以下の価格で消費者が購入できている情報を得て、米国で一般的に供給されている高品質な住宅を、わが国の貧しい住宅価格の半額以下で購入できる事実に驚いて、わが国で最も大量の2×4工法住宅を供給していた神戸住宅供給公社が、住宅金融公庫の支援を受けて、シアトル(米国)・バンクーバー(カナダ)と協力し「シアトル・バンクーバー・ヴィレッジ」(SVビレッジ)が実施された。この事業は米・加の建築家を使い、米・加の建材を安価に供給され、成功したと説明されたが、コスト・カット・プロジェクトは大失敗した。SVビレッジはCM技術を行使できなかったためであった。

 

日本と米・加の住宅政策の基本的な違い

わが国政府は建設労働者の生産性向上を行なうための政策を採らず、代わって、建設労働を工場労働に置き換える工場製品利用に置き換える「合理化政策」を採用した。そして米国で住宅都市開発省(HUD)が住宅生産の工場化と政策(OBT:オペレーション・ブレーク・スルー)を採ったことを見て、産業労働政策も持たないわが国政府は、米国のOBTに倣う政策(住宅生産工業化政策)を採った。わが国の官僚には住宅産業に必要な労働政策の理解はなかった。昭和42年雑誌『中央公論』に当時の通商産業省の官僚、内田元亨が『住宅産業論』を寄稿し、米国のHUD(住宅開発省)が新しい工場住宅政策(OBT:オペレーション・ブレーク・スルー)の紹介記事を投稿した。その記事は米国のHUDのロムニー長官が、レービット・ハウスを工場製作に置き換えることで、高品質の住宅を合理的な価格で国民に供給出来ると説明した。『住宅産業論』は、わが国の住宅生産工場化の説明文書で、わが国の住宅政策は米国に倣って、工場生産に置き換えるべきことを示唆していた。この記事がきっかけで、通商産業省と建設省には住宅産業課と住宅生産課が創設され、工場生産を中心とする住宅産業政策に転換されたが、米・加の住宅産業は全住宅産業の一部で、建設工事の大部分は現場生産に依存していた。

わが国は建設労働者不足で産業がコストインフレに悩まされ、現場労働力を工場生産に置き換えることで労働力不足に応えられると勘違いしていた。スクラップ・アンド・ビルド政策は建設工事額を大きくする政策で、建設廃棄物を大きくし工建設業者の事費総額を大きくする建設産業本位のものであった。

 

米国内で拡大しているTNDを支える生産性の向上

TNDでは、現場の工事生産性を高めコストカットを図るために、工事の標準化、規格化、単純化、共通化を進め、労働者の作業習熟効果を高め、工事生産性を高めている。わが国では同じ外観を作るため、大型の工場制作部品を接着工法でつなぐ工事は早くきれいにできるが、工事総額は大きくなる。新材料及び新工法による工事で工事単価を安くできると説明するが、工事部分の修繕はできず、交換部品は存在しないため修繕できず、工事施工部分全体を建設廃棄物とする以外に変更はできない。TNDの工事では、建設現場の職人が工事の担い手であると理解し、職人が手慣れた工事を継続できることで建設工事を安くする材料・工法を選択し、市場に供給された材料は長期に亘って供給される。

わが国では、建設業者が新規工事として大きな請負工事を行なうことが目的になるため、消費者の修繕費用や維持管理費を含む工事費負担は大きくなる。わが国では工事単位として作業部位を大きくし、現場労働者の加工技能作業をなくし、全ての新規工事は大きな工事に置き換えられ、個人レベルの工事を大型な工事に転換し、建設現場から建設労働者を追い出してしまった。わが国ではプレハブ住宅政策に代表される住宅産業工業化政策によって、政府の進めたスクラップ・アンド・ビルドの建設業の方式は、建材単位で取り替えを行なう建設技能労働者を根絶やしにしてしまった。既存住宅の修繕や維持管理ができない住宅は、経年劣化を免れることは出来ず、わが国の住宅施策どおり、全ての住宅は、確実に経年劣化する建設廃棄物になる住宅しか作れない国にしてしまった。

NPO法人住宅生産性研究会理事長戸谷英世)

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