HICPMメールマガジン第762号(2018.06.05)

HICPMメールマガジン第762号(2018.06.05)

みなさんこんにちは

元官僚で多くの経験をした私にもひとこと言わせてください

「森・掛」事件が思い出させた政治家と官僚の腐れ縁

「森・掛」問題が日本国家にとって政治の混乱の原因になっているが、「森・掛」問題に国家的な安全や国家的利益の関係するどのような重大な問題があったか。安倍晋三が真相究明と言っているが、首相でできることをしていないどころか、真相究明を妨害し続けている。政治家と官僚とが腐っていることにこの問題が一層混迷させられている原因がある。

東京大学法学部を卒業し、国家公務員試験で高席次合格した公務員の中の出世頭と言われる連中が「森・掛」事件の主人公である。東京大学と人事院はその事実を無視しているが、それらの教育機関や人事期間は責任を感じていないのか。今問題を理解するために以下の環境を知ることが必要である。

  • 国家公務員は立法と行政を事実上左右する立場にあり、そのいずれも財政支出や税収と大きな関係をもち、国家の富の分配と再配分に基本的な役割を担っている。官僚はその業務を公明正大に行うことが求められ、国家公務員法で実定法とともにその倫理規則も含め定められている。
  • 政治家も官僚もその業務を行なうことが、民間の経済活動と関係していることから、業界からその経済的利害関係に対する賛成、反対を含む働きかけが行なわれ、結果として国民の利害の対立を取り仕切ることが行政権の行使としておこなわれている。
  • 民間企業は利潤追求のため、政治家や行政に対し、その経済的利益を拡大するための働きかけを企業活動として行なっていて、それ自体は純粋な商業・営業活動として行われるが、政治的、又は行政的な判断は、担当する政治家や行政官が判断するため、そこに利権が関係する。
  • 行政官の人事には、行政機関内部だけではなく、政治と行政の関係を円滑に進めるため、人間関係が常に影響し、行政に関係する政治家などの意見が大きく影響する。そのため行政官に人事には、現実の社会を反映して関係業界の意見や政治家の意見が直接間接に影響する。
  • 産業界は産業界としての利害に対し敏感で、その属する産業界の利益を守り増大さうるために、日常活動として政治家や行政機関に働きかけを行なっているが、その働きかけは、値以上という政治要請から、政治献金や選挙における集票活動という形を取って行われる。

産業界、企業、政治家、官僚などそこに関係する人や組織の行動は、刑法等で禁止されているものに抵触しないものが圧倒的に多く、その多くは関係する個人のモラル(内在的制約)として処理されなければならない。それが一般的な倫理の行動指針であるが、利益を追求しようとする産業界、企業、政治家や官僚には、それぞれ目的実現のための方法とそれを正当化する理屈があり、社会的な合意が得られている訳ではない。私が官僚時代、多くの立法や行政に関係し、それらが驚くほど国民の経済的利害と関係をもっていて、それが直接間接の圧力や誘惑となって、官僚を追いかけている。

官僚は仕事をするために高い地位を求め、高い地位は政治と強い関係をもっていることで、法権力と金券と立身出世と複雑な関係が生まれている。その中で今回の「森・掛」事件との関係で最も中心となったことは、「能吏」が多数登場し、政治家の移行を忖度し、証拠を残さないで政治家の利益に貢献し、それがばれそうになると「知らぬ、存ぜぬ」という記憶喪失になり、又は証拠隠滅そることで責任追及から逃げおおせようとする。政治家たちは政治家に類が及ばないように働く官僚を「能吏」と言い使ってきた。政治家による官僚の分別に使われる言葉に「能吏」という官僚の区分がある。

半世紀前の話になるが、全く政治や行政経験がなかった当時の私が、旅館ホテルの大火災の後始末として建築基準法第5次改正に携わり、安全以上に業界の利害の関係に驚かされた当時に思い出話である。

 

1.政治家「石井桂」が語った「能吏」と官僚

石井桂は文京区出身の文部大臣経験の元衆議院議員で全国店装業界を統合する業界の動きを推進しているとき私と深く関係することになった。石井桂は関東大震災のとき火災の熱風に巻き上げられ空中に巻き上げられ失神し、被服廠にたたきつけられたが、その上に死体が積み重なった御蔭で、火炎からの焼失から守られ、命拾いした数奇の運命の経験者である。

進駐軍が東京に進駐して来たとき、警視庁建築課長の職にあり、GHQに「東京で最も安全な建築物はどれか」と尋ねられたとき、「鉄筋量が最も多い第一生命ビル」を推薦した。また、石井桂は建築課長時代中央工学校で建築科の講師として田中角栄に鉄筋コンクリートの打設方法を教えたという。その師弟関係が石井桂の自慢で、その関係で高齢になっても、田中角栄が選挙の応援に来てくれれば、必ず当選すると信じ、衆議院議員に立候補した。田中角栄は石井桂をすでに過去の人で、「恩師面されることを鬱陶しがられ」出馬を阻止はしなかったが、応援演説には行かなかった。

建設省と通産省が全国店装業界を統合しようとしたとき、石井桂は文京区河童橋商店街の要請を担って政治的な活動をしていた。そのときの首相が田中角栄で、石井桂は建設行政と通産行政の橋渡しをしようと私に接触していた。私は建築基準法を所管し、業界の利益と大きな関係を持っていた。そのときに衆議院選挙があり、石井桂は当選の見込みはないと言われながら、「田中角栄の恩師であるから、角栄は必ず応援に来る」と言い、焦って選挙運動で供応を行い、公職選挙法違反で石井桂は検束され、刑務所入りを経験した。刑務所の生活は惨めというほかなかったと言われる。

当時、私は全国店装業界を統合するため、石井桂の力も必要としていたので、石井桂の供応の席にも出席を求められ参加する予定であった。その供応の席は事前に検察に睨まれていて、参加者は一網打尽で検束された。私はその日、出席を再三求められながら国会答弁を作成する仕事で霞が関を離れられず、出席できず、一斉検挙の網に引っ掛からなかった。出席していたら、石井桂への投票依頼を口にしていたであろうから、その後の人生が変わっていたにちがいない。

官僚は立法と行政に強力な力を持ち、産業界の経済的利害と強い関係を持っている。当時私は時代の話題をさらった建築基準法第5次改正を担当し、また、2×4工法を建築基準法上実施できることにしたことで、産業界の利害に大きな影響を与えることができていて、その行政手腕を業界からも政治家からも評価され始めていた。政治家たちは金と票を手に入れるために官僚の私を引き込もうとしていた。私は火災安全や国民の住宅改善のための住宅産業界に大きな影響を持つ建築基準法関係の仕事に夢中になっていたが、産業界も政治家たちは、行政権を業化の利益に利用しようとし、すべてお金を引き寄せることでしか、政治家も官僚も法律も見ていなかった。

そのようなとき、石井桂は私に「能吏」と「駄目な官僚」の違いを自分の官僚と政治家の経験を踏まえて以下のように説明してくれた。「能吏」とは、政治家の支持企業を介してお金(政治献金)を自動的に流れる道筋をつける官僚であると説明した。一方、「駄目な官僚」は、「政治家から要求をしないとお金を持ってこない官僚である」と説明してくれた。官僚が行う立法や行政により金の流れが変わる。政治家は利益を手にする産業界からの政治献金を常に考えている。政治家の支援団体に利益の上がる政治・行政をする官僚には、政治家が立法・行政支援を行い、官僚の立身昇進の支援をする。政治家と官僚の連携で立法や行政制度をつくることで、政治家は金を手にし、官僚は昇進するとその間の説明をしてくれた。

その石井桂の説明ほど石井桂自らの歩んだ政治・行政の複雑な経験から学んだことで、日本の政治を分かりやすく説明してくれた。政治家のお金に対するこだわりで、その後、多くの政治家や官僚との付き合いをとおして、石井桂の実感のこもった話を何度も実感した。政治家にとっての「能吏」は政治家の太鼓持ちに過ぎない。

 

2.「大村巳代治」の人生に見られる政治家と官僚

大村巳代治は旧内務所の官僚で、住宅局長として公営住宅法の制定にも関係し、当時、衆議院議員になりたての田中角栄に英国の公営住宅法と住宅政策を教育し、住宅官僚の応援団に仕立てようとしていた。大村は住宅局長になったとき、国会で日本共産党議員から「政府の統計によれば、住宅建設戸数より住宅の滅失戸数が多くなっているが、これはわが国の住宅事情が悪化していることを意味しているが、そのように認識してよいか」と質問され、「御説御尤もでございます」と実直に答弁し、政府の政策を擁護しなかったとされ、その60日後に住宅局長を更迭された。

大村は社会党から担がれて静岡県清水市から衆議院議員に立候補したが敗北し、その後の人生が闇に落とされてしまった。その状況を見て、田中角栄は公営住宅法立法当時からの大村巳代治を誠実で役に立てられる人物と考え、救済の手を差し伸べた、田中角栄は当時住宅政策の中心になっていた公営住宅の施行者の地方公共団体がすべて参加していた社団法人日本住宅協会の専務理事に大村を据え、公営住宅の振興を図ろうとした。当時、地価が高騰し公営住宅は都心では建設ができず、郊外の地価の安いところに建設され戸数稼ぎの政策がされ、住宅政策批判が拡大していた。戸数が供給されても都心の住宅不足を緩和されず、個数主義の辻褄合わせの住宅政策が社会的に批判されていた。しかし、個数主義に代わる有効な政策が見つからず、政府の無策が政治批判になっていた。

本当に住宅難や住宅困窮の高いところにこそ公営住宅は供給されるべきと私は考え、就労条件と常住地との関係を明らかにした労働者省による京浜工業地帯の調査を分析研究したところ、京浜工業地帯の居住者の40%程度の人が労働条件との関係で常住地と近接する地域に就業地に働いていることが分かった。その調査結果を「アサヒジャーナル」誌が取材し、社会的共感が得られた。そのとき田中角栄が自民党の幹事長になり、新しく「都市政策大綱」をまとめることになり、下河辺淳(経済企画庁)と大塩洋一郎(建設省都市局)が田中角栄のブレーンに加えられて「都市政策大綱」がまとめられた。

田中角栄はその大綱に住宅政策がかけていると感じていた。そこで大村巳代治に住宅政策を個数主義から脱却する政策提言のできる人物を紹介するよう求めていた。大村巳代治は「アサヒジャーナル」誌が取り上げた私の調査を田中角栄に説明し、都市政策大綱を取りまとめていた砂防会館にある田中角栄事務所に説明に行くように伝えてきた。それまでの住宅政策では地方公共団体が一つの市場であったが、住宅の需給市場は地域で一つではなく、多様な需要層によって複数のサブマーケットが複雑に絡んでいた。それを単一の市場として捉え住宅政策を行っていた住宅施策が間違いであった。

私の提案は、多様な住宅市場があるというサブマーケット論に立って、労働者の労働条件に対応した住宅市場を考えた合目的的な住宅供給をする政策提案であった。当時欧米ではすでにサブマーケット論に立つ住宅政策が検討されていたが、日本にはまだ存在していなかった。職場の労働条件によって居住地が限定的な労働者(居住立地限定階層)に住宅を供給する提案は、その後、大蔵省主計官も「住宅局には面白いことを言い出す若い技官もいる」と言われ、私の調査結果に着目した。田中角栄の「都市政策大綱」には、私のサブマーケット理論は、「職住近接」論として取り上げられ、エポックメーキングな政策提案とされた。大蔵省は公営住宅の立地改善の予算政策をとった。

田中角栄は政治家として庶民感覚を重視し、庶民に受け入れられる仕事をする人材を大切にした。発掘した人材には盆暮れの贈答品を贈り角栄の支援者にした。大村巳代治は官僚時代の経験を踏まえて、私たち若い官僚に自分の取り組みたいことは積極的に取り組むことを支援してくれた。大村巳代治は官僚たちが政治家にすり寄り昇進することに血道を上げているのを冷ややかな目で見る一方、国民の住宅事情を改善する官僚たちの努力に、理解ある対応を一貫して行なってきた。私は住宅局長を経験した多くの官僚を見てきたが、庶民感覚を大切にした大村巳代治は今も懐かしさを感じる。大村さんは「能吏」ではなく、まともな官僚である。

 

3.自民党の官房副長官になった住宅局出身2官僚(松谷総一郎と上野公正)

ここで取り上げた2人の政治家は、2×4工法業者三井ホームの利益を行政権限で保護することで、官僚が政治に出馬する裏部隊を三井ホームに担わせ、政治献金を出させ、政治家と官僚で三井ホームの利権を守ってきた政治家ある。この二人政治家は東大学閥を利用し、東大教授「岸谷孝一」らを関学癒着の利権集団に糾合し、2×4工法を三井ホームが排他独占的に事業を拡大する不正を行ってきた。私が2×4工法をオープン化したときには、できるだけ早い機会に米国やカナダと同じように木造耐火建築物の住宅を可能にするよう、私が技術調査室長と組み立てた建設省総合技術開発プロジェクト(5年間で5億円の国家予算)を始めた。それは建築基準法第5次改正で取り入れたファイアーコンパートメント(防耐火区画)による木造耐火建築の技術開発であった。

しかし、私が海外に派遣されるとそれを機会に、米国・カナダの技術を導入する方針は、三井ホームではその対応ができていなかったため、三井ホームの利益の邪魔になると考え、総合開発プロジェクトを破壊してしまった。松谷は日本ツーバイフォー建築協会を設立し、カナダのCOFIを脅迫し、キャラバン事業を展開させ、三井ホームの利益を中心にする政策に再編成してしまった。私が2×4工法をオープンしたときは、米国やカナダで実現している同工法の優秀性をわが国に導入するため、米国の技術を素直に受け入れるという方針を住宅局として決定し、総プロに取り組んだはずであった。しかし、松谷は三井ホームが排他独占的に2×4工法を行えるように米国やカナダの技術を、住宅金融公庫と東大教授(岸谷、杉山、有馬)らと日本ツーバイフォー建築協会を使い、完全に私物化してしまい、その見返りに松谷が国会銀として活躍するための政治資金と票集めを行なわせた。

当初の総合開発プロジェクトでは建築基準法ではファイアーコンパートメント(防耐火区画)を取り入れて木造耐火構造を実現する計画であった。それを岸谷孝一と松谷創一郎が破壊し上野公正が継承し、三井ホームの事業が独占的に拡大する環境をつくってしまった。その後、三井ホームが木造耐火構造を実現できるようになってから、建築基準法を改正すると言った私企業の利益に従属する建設行政を行ってきた。現在のわが国の2×4工法は、欧米の2×4工法と違って、三井ホームしかできない技術に国土交通省が2×4建築協会と一緒になって作った技術体系にすることで、欧米からの2×4工法が日本では実践できにくくしている。

なぜ日本の2×4工法の住宅が米国やカナダに比較して2倍以上に住宅販売価格が高額になるのかと言えば、三井ホームが排他独占的な利益を挙げるためであり、住宅官僚がその中で飼われて政治資金を負担させているからである。官僚は政治家になる野心を持ち、三井ホームに利益を供与する見返りとして、三井ホームの利益を守る法律制度を守ったのである。

 

4.品確法から都市再生事業を牽引した最高の能吏、和泉洋人

品確法から長期優良住宅制度を経て都市再生事業に続く住宅政策は、そのすべてが欺罔をつくられた住宅政策で、国民を犠牲にして住宅産業の利益を拡大するものばかりである。科学的に合理的な政策は、合理的な手段をとらなければ利益を挙げることはできない。住宅性能表示制度を例に挙げると、住宅性能を科学的に評価して、性能格付けに対応して助成措置を講じるという政策になっているが、一見科学的な仕組みになっているが、性能の種類と区分をどうするか、その表示方法と計測方法をどうするか、誰が計測し、誰が計測結果を確認するか、同じ住宅でもその置かれた環境によって性能は変化し、性能を固定的に評価することは不可能である。すべて先に格付け結果があって、その格付けに合わせて品質を評価し、販売価格を高くしようとするもので、科学的合理の全くない制度である。

長期優良住宅もそうである。品確法が住宅の品質を固定的に評価することができないにもかかわらず、品確法で住宅の品質を評価できるとしているが、そのすべてがそこで定めた方法で評価すれば評価することができると言っているだけで、季節、地理、条件が変われば結果は同じではない。環境条件、計測方法、計測の仕方など、何が変わっても評価結果は違ってくる。小学校の理科の実験でも子供たちが経験したことばかりである。「無理を通せば道理引っ込む」という諺どおり、品確法の制度が先にあって、その制度に合わせて行政事務が行われているだけで、評価の理論的根拠はない。

この制度の目的は住宅産業が利益を挙げることにあって、消費者が求めている消費者保護のためではない。評価の結果が自然科学的に間違っていることの証明もできなければ、合理的な住宅品質を実現する意志もない制度である。

政府が進めてきた「差別化」政策と基本的に同じで、差別をすることで不正利益を住宅産業界が手にしようとする憲法第14条違反の制度でしかない。この制度によって住宅産業に不正な利益が転がり込むため、この制度で補助金と不正利益を好き放題得られた住宅産業は、この制度の立法に関係した官僚を介して政治家に政治献金をする。政治家は政治献金をもたらす官僚を昇進させる。

和泉洋人は住宅生産課長から住宅局長を経て、内閣総理大臣補佐官にまで上り一挙に詰めた。その過程で多くの政治家は和泉洋人の詐欺まがいの住宅品質確保制度やや長期優良住宅制度で不正に上げた利益の一部の政治献金を受け取り、和泉の作成した住宅施策の立法を支援した。政治家には和泉洋人の作った制度で得た不正利益の一部を企業は政治献金し、政治家は利益をもたらした和泉洋人が高官に昇進することを支持してきた。

和泉洋人は「能吏」と言われ、かれが取り組んだ住宅局の政策の中で、「不良債権に悩む政府と企業」を救済した都市再生事業は、憲法違反を強引に押し通すもの(徳政令)で、最も悪質なものであった。不良債権処理ができず、国家が財政破綻寸前に追い込まれた状態を脱却するために取り組んだ都市再生事業によって、財政危機を一時的に回避することはできた。欧米であれば経営に失敗した企業は破産させ、新しい起用の肥やしにすべきところである。日本では不良な企業経営者を救済するための政治が行われた。

都市再生事業の結果、経営に誤り日本経済を混乱に陥れた企業が救済され、都市空間はめちゃめちゃになり、都市の居住者の生活環境は悪化した。消費者視点で見る限り和泉洋人の官僚として実現した政策は、不良な企業精鋭者を救済し、護送船団の利益を守ったが、国民の利益に反するものばかりであった。しかし、官僚はもとより学者、研究者やこの制度に、関係して利益のおこぼれにあずかってきた多くの人たちは、和泉洋人を批判せず、能吏として高く評価し受け入れている。彼ほど不正利益の分配を上手に行い、敵をつくらず政治家を手なずけ、消費者を犠牲にして産業界の利益を拡大し、政治家たちを手玉に取ったた「能吏」は、私の半世紀の官僚を含む社会人生活で和泉洋人以上の官僚に出会ったことはない。

こぼれ話:法律通りの行政を行なった官僚は、その地位を奪われ追放されるという事例

私自身は違法な行政処分により不正を行なった建築士(黒川紀章と菊竹清訓)の処分(業務停止2か月の建設大臣の行政処分)に反対し、政治家(田中角栄)・二階堂進)の意向を忖度し、行政処分を反故にしようとした上司(住宅局建築指導課長、後の住宅局長)救仁郷斉から、私は邪魔者とされ建設本省から追い出され15年間、官僚からの追放され、国外生活や地方公共団体や外郭団体をたらい回しさせられる生活をさせられた。20年後、建設本省を訪問したとき、住宅局審議官から呼び止められ、私が起案した行政処分がなされなかった決裁文書が、大臣決済を受けないまま「成仏」できない事実を知らされた。その時には、行政処分を受けるはずの関係者(黒川紀章、菊竹清訓)も、住宅局の関係局長も課長もすでに死亡していた。

(NPO法人住宅生産性研究会理事長戸谷英世)

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