NPO法人HICPMメールマガジン第769号 (2018.06.09)

第2回 建築設計教育の有無と建築設計技術者の有無(MM769号)

 

欧米の建築教育と日本の建築教育とは全く異質である。日本には欧米で行われている建築設計教育が存在せず、建築設計教育を受けていない建築士が設計業務を行なっている。建築士、わが国では建築設計技術を大学の建築教育で学ぶことがない。代願設計(確認申請図面)を建築設計と勘違いしているため、建築士が設計した住宅を取得することで消費者は資産を失っていく。建築士は代願設計の作成を建築設計業務と勘違いしている。建築設計とは過去・現代・未来を結ぶ建築文化空間を設計することである。

 

米国の建築設計:人文科学としての建築設計

全米ホームビルダーズ協会(NAHB)が毎年開催しているインターナショナル・ビルダーズ・ショー(IBS)の主要なイベントであるTNAH(ザ・ニュー・アメリカン・ホーム)は、欧米の大学の建築学科で教育している住宅設計方法を忠実に実践し、現代社会における代表的な資産家のニーズに応える住宅設計事例である。現代の米国社会の高所得者層〈ハイエンド〉を対象にしてモデルホームとして建設され、最終的には販売されるTNAHは、どのようにして設計されているのだろうかと興味をもって調べたところ、きわめてオーソドックスな住宅建築設計が教科書通りの設計手順(プロセス)を踏んで作成されていた。大学の教科書通りに設計されていることに驚かされたが、それだけにTNAHは米国の住宅産業関係者にとって極めて説得力をもった住宅設計の事例として、建築業界で参考にされている。

 

TNAHの基本設計:設計の基本コンセプト

このような憧れの住宅を設計・施工するための建築設計と住宅地計画を設計計画する学問が、欧米では、過去・現在・未来と連続する歴史文化に根を張った「人文科学(ヒューマニティーズ)としての建築学」教育である。TNAHの設計・施工のために、高い建築学の知識を学び豊かな実務経験を積んだ建築家をNAHBはTNAHの設計者に選考し、その設計にあたっては住宅関係専門メディアの協力を得て、設計条件を決める調査研究を行ない、設計の「基本コンセプト」の作成から取り掛かることになる。

 

「基本コンセプト」は、立地する土地の性格として尊重する土地の歴史文化的特性(歴史・文化・生活)と、そこに居住を予定する世帯の特性(社会・経済・文化的特性)を決める2つの作業から始められる。住宅不動産は土地を加工してつくるものである。その土地の性格は住宅不動産が存在する限り変えられない歴史文化的な性格である。その土地が経験した歴史文化を調べ、その性格の内、この開発で継承・発展するうえで、「恥をどの性格を重視し継承するかが、建築設計の前提となる「基本コンセプト」の重要な要素となる。その土地は周辺の土地と相互に影響することも重要である。

 

次に、その住宅不動産の居住者を想定するもう一つの「基本コンセプト」である。新たに入居する人は、その住宅不動産の居住者が帰属意識をもち、その住環境を育てることになる。そこで、入居者になる候補者(または「建築主」)の人文科学的条件、すなわち、入居者の歴史・文化・生活を、過去・現在・未来と連続的に発展することができるように考えることが必要である。その中で、最も重要な要素の一つは、候補者が購入できる支払い能力に見合った「住宅の価格」である。その住宅能力価格は、開発する住宅不動産を「わが家」と感じ、維持管理していけるためにも、「基本コンセプト」の基本条件の重要な経済条件である。基本コンセプトは建築主もその条件に縛られる。

 

基本設計条件の整理は、そこで選んだ土地と入居者との人文科学的要素から、このプロジェクトで重視する「基本コンセプト」を纏め、それを組み合わせ基本設計条件とすることになる。ここで構想する未来に向けての住宅が辿ることになる「物語(ストーリー)」と、住宅開発環境が象徴する「景観(ヴィジョニング)」を、まず組み立てる。この2つの作業から、「基本設計」条件とすべきことを明確にする。欧米の建築学で教育している「基本設計」条件は、建築主も設計者も共通して守らないといけない「土地」と「入居者」により規定される人文科学的条件として、歴史・文化・生活の視点から明らかにする。いわば、基本設計を進めるためのロードマップ(軌道)を設定することである。基本設計を進める過程で問題が発生した場合、「基本コンセプト」を常に確認し、それをもとに作製された「ストーリー」と「ヴィジョニング」を吟味することで、軸足のぶれない歴史的に連続する設計ができる。

 

建築家による「基本設計」とドラフトマンによる「実施設計」

TNAHの設計にあたって、担当する建築家は設計作業チームを結成し、建設工学、建築構造学、建築材料学、建築環境・衛生学、エネルギー学、建築防・耐火、避難学、建築設備学等の学識経験を有する建設技術者と住宅産業界の協力を得て共同作業でTNAHの「基本設計」を作成し、その「基本設計」に基づき、定められた建設工事費で住宅が建設できるように、基本設計関せ後、「実施設計」をすることになる。実施設計は住宅購入者の支払い能力の範囲の価格で、基本設計を建設できる設計図書をつくる業務で、建築材料の選択と建設技能者による建設現場で必要にされる技能力を特定する業務である。

 

建築設計者は地元の有力なホームビルダーが、設計圖書どおり工事を行なうため、施工経営管理(CM:コンストラクションマネジメント)を実施し、工事監理者が工事を監理(モニタリング)する。ホームビルダーはスーパーインテンダンツ(施工管理者)が、多数の専門下請工事業者(サブ・コントラクター)を使い、工事費管理、品質管理、時間管理の3種類で構成される施工経営管理を実施する。TNAHは実施設計図書に従い、高い生産性で目標通りの市場価格で住宅を建設する。TNAHはその時代に建設される代表的な豪邸で、そこで生活をする家族や社会とのつながりと近隣地域とのコミュニケイションを豊かにし、居住者たちがライフステージを追って成長する生活に合わせたリモデリングを繰り返し、計画された善良管理がなされ、経年するとともに熟成した住環境を形成することになる。

 

TNAHを見学するNAHB・IBS参加者、住宅産業関係者にTNAHで検討された住宅設計・施工・材料・住宅設備の技術は、その時代の住宅に関する基本問題を解決する方法を取り上げているため、住宅の規模や価格に関係なく、住宅の共通問題への解決に挑戦している。そのため、住宅設計・施工・材料に関心を持つ見学者すべてに、彼らが抱えている問題や業務を解決する上に参考になると評価されている。そのため、住宅産業界はTNAHで取り組んでいる課題と、その解決方法を事業の参考にしようと注目し、IBSでの開催期間中、最も多くに人たちが見学する人気のあるイベントになっている。

 

欧米の基本設計と実施設計と「似て非なる」日本の基本設計と実施設計

日本の建築教育では、明治維新の建築教育以来、欧米の建築設計を模倣することで似たような建築設計を行ない、その設計技術は欧米と日本と大差はないと考えてきた。確かに住宅建築設計図書としては似ているが、そこでまとめられた設計図書を使って実際に建築された建築物が基本的に違っている。物理的には同じ方法でつくられるが、同じ建設工事費用で建設することができないことと、長い時間たってみると日本の住宅は経年劣化し、最終的にスクラップ・アンド・ビルドされざるを得ないことである。

 

その理由は、基本設計と実施設計を作成するにあたって、日本では工事目的の検討より建設工事が具体的に決められ、それに沿って材料と工法が決められる。欧米では工事目的に沿って住宅価格に見合った材料と工法を選んで実施設計を作成するドラフトマンによる実施設計業務が重視されているため、予算にあった正確な工事を実施できる実施設計が作成される。日本では実施設計が存在しないので、下請け業者を集めて談合で工事内容を決めている。建築主が期待する価格で工事のできる実施設計が存在しないので、関係下請け業者の言いなりに工事費は拡大し、工事見積総額は肥大化し、予定工事費での工事はできないので、手抜き工事をして請負工事費内で納めるしかなくなっている。

 

その問題は、わが国の大学での建築教育が実際に社会的に要求されている建築設計教育が行われていないだけではなく、建築教育を担える教育者が養成されていないことにある。その結果、建築士には、設計者にその設計を実施する能力のある技術者がいないところに問題がある。わが国では、「嘘のような本当の話」建築士は自らの設計した実施設計図書を使って工事費の見積もりができない。そのような建築物は居住者の生活要求に対応させることで豊かな生活を実現させることになるが、人文科学的な配慮のされていない設計は、居住者の生活要求に合わせて柔軟に生活する住宅不動産ができていない。結局、建築主の要求に柔軟に対応できなければ、スクラップ・アンド・ビルドの扱いを受けざるを得なくなる。欧米と日本の住宅を50年とか、100年という期間で比較すればその違いは明確である。

(NPO法人住宅生産性研究会 理事長戸谷英世)

 

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