HICPMメールマガジン第768号(2018.06.08)

第1回 皆が憧れる住宅(MM768号)

 

日本と欧米では国民の住宅要求に応えて同じ住宅が供給され、実際に欧米と日本で供給されている住宅は住宅購入者の要求に応える住宅が供給されていると一般的には信じられているが、実際は違っている。欧米では確かに国民の資産形成を実現する住宅が供給されているが、日本では住宅購入者を裏切る住宅しか供給されていない。それは欧米と日本で供給された住宅の50年後や100年後の住宅を比較すれば、既存の住宅が欧米と日本の住宅は異質であることを現実が証明してくれる。

本論は、政府も住宅産業も、欧米と日本とは消費者の利益にとって逆な取り組みをしている事実を明らかにし、住宅産業界へ自省を促すことを目的に事実を記述したものである。

 

1.ホーム(家族)とハウス(住宅):庶民住宅から豪邸まで

人びとにとってあこがれの住宅は、必ずしも豪邸とは限らない。自らの所得の範囲で手にすることのできる住宅にも、憧れの住宅はいくらでもある。憧れの住宅は、そこで生活する人たちが心を通わせ理解し協力した生活を生み出すことのできる住宅ではないかと言われ、欧米では物としての住宅(ハウス)と生活や心としての結びつく(ホーム)という2つの側面の調和として理解されている。住宅に生活する家族が、一緒に生活する人を尊重し、その生き方を思いやるような生活が多くに人から憧れの住宅と考えられてきた。その原点は、住宅で生活する人がお互いは、「それぞれ個性を持った人間として尊重される」という個人主義思想に立ち、共有する住環境を共同して育てていく住宅である。建築家フランク・ロイド・ライトは、「建築の4原則」の中で、建築の実現目標は「民主主義の実現」(個人の生活をお互いに尊重し合うこと)と整理しているその「第4の原則」のことである。

 

『大草原の小さな家』と『赤毛のアン』の家

「わが家づくり」は、欧米では「家族(ホームづくり」と「住宅(ハウスづくり)」の表裏の関係で限られた経済条件の中で、家族がお互いに思いやってつくりあげるものである。

NHKTVで連続ドラマ・ローラ・インガルス著『大草原の小さな家』や、モンゴメリー著『赤毛のアン』など、その家族の物語と同じように、登場した住宅は多くの人にとって「憧れの住宅」と考えられてきた。それらの住宅を見ようとカナダやアメリカへの住宅見学ツアーも行なわれてきた。『赤毛のアン』は架空の小説であるが、その舞台になったカナダのプリンス・エドワード・アイランドには、小説に忠実に「赤毛のアンの家」が建てられ、多くの観光客に高い満足を与えて来た。

 

欧米の住宅産業技術を国内へ技術移転をするために、1995年、HICPM(住宅生産性研究会)を創設する直前に、神戸市は国内外の民間4社が共同し、神戸インターナショナル・ハウジング・フェア(KIHF)を、全米ホームビルダーズ協会(NAHB)の支援を受け、IBS(インターナショナル・ビルダーズ・ショー)と同様な内容として、輸入住宅を推進する米国とカナダの協力を受けた住宅フェアーを開催した。KIHFでは米国とカナダから3人の建築家を招き、人々の憧れの住宅8棟11戸を建設した。これらの住宅は、米国とカナダの建築家が欧米の人文科学による建築学理論に立って、クラッシック様式の輸入住宅のモデルホームを設計・建設し・展示会後、一般市場で売却した。

 

カナダの建築家ジョン・マッケイ(クオードラント社)には、プリンス・エドワード・アイランドに建てられた『赤毛のアン』の家と同じ住宅設計を依頼し、カナダからの輸入建材を使い、神戸市北区に建設した。インテリアデザインはカナダのインテリアデザイナーが行ない、アンがいまにもその家から飛び出してきそうな演出は見学者を魅了した。この住宅の設計施工の経験は、KIHFの住宅デザインセミナーの教材に活用し、KIHFの参加者はこの住宅から建築設計・施工の醍醐味を学んだ。「赤毛のアンの家」は、歴史・文化・生活を取り入れた住環境を考慮した普遍的な住宅設計で、わが国で受け入れられる輸入住宅モデルホームとして展示された。そこでは住宅の品質を取り上げるのではなく、「赤毛のアン」の中の生活を連想できる空間を経験できるように計画した。

 

モデルホームを見た見学者は住宅に親しみを感じ、開催期間中も終了後も人気の住宅で、このモデル住宅はTVで放映され,新聞、雑誌等のメディアや多くの住宅産業関係者が見学にやってきた。カナダの「赤毛のアン」の家は、物価上昇以上の値上がりをし、住宅所有者の資産形成に貢献している。しかし、わが国で建設された「赤毛のアン」の家は、カナダのような資産形成を実現していない。その理由は、設計・施工の方法が基本的に欧米と違うためで、設計者、施工者、住宅購入者に住宅設計・施工。維持管理の考え方が住宅の関係者に人文科学的に共通の理解とされていないためである。本書では欧米の住宅設計の考え方がわが国とどのように違うかを納得できるように説明を繰り返すことにしている。

 

「ロングフェローの邸宅」と「スタンフォード・マンション」

上記2つの小さな庶民住宅の対極にある住宅として、米国を代表する詩人でハーバード大学教授、英国のウエストミンスター寺院に埋葬されたロングフェローの邸宅(マサチュウセッツ州)がある。ロングフェローの息子は、『日本紀行』で有名な英国の女性探検家イザベラ・バードよりも早い明治維新に日本にやってきて生活し、全国を旅行し日本文化を満喫した米国人である。そして、多くの日本文化を米国の自宅に多数持ち帰り、その多くが素晴らしい庭園を持つロングフェローの広大な邸宅には日本文化の展示がされ、東西文化の香の高い邸宅で、観光ツアー付き観光地になっている。この歴史のある邸宅は、昔からそこにあった邸宅のようにも、現代につくられた邸宅のようにも思え、時代や時間の経過を感じさせることが落ち着いたくつろぎと懐かしさを感じさせる邸宅である。

 

また、カリフォルニア州都サクラメントには、鉄道王リーランド・スタンフォードが建てた豪邸がある。スタンフォードは米国の大陸横断鉄道を建設し、鉄道経営で巨万の富を築いたスタンフォード大学の創設者でもある。州知事を勤めていた時代に国会議事堂の隣接地に建設したスタンフォード・マンション(大豪邸)がある。この邸宅はカリフォルニア州の迎賓館にも使われていたことがあった。ヘリポートのある大きな庭園に囲まれた贅を尽くした装飾で飾られた邸宅で、建物全体が工芸品のよう日本語豪邸である。このマンションは豪華なヴィクトリアン様式の豪邸で連日多数の人々で賑わっている。専門のツアー解説者が常駐し、建設当時の多くのエピソードを臨場感をもって説明してくれる歴史的な豪邸でもあり、これらの高級住宅は、建設当時から現代まで高級住宅であり続け、衰退することはない。

 

日本の建築設計者の伝承されていない「赤坂迎賓館」

わが国の東京・赤坂に戦前建設され、最近日本の伝統文化として復興された「赤坂迎賓館」は、片山東熊が設計した世界にも例を見ない特異の明治のわが国の近代史の中でつくられた完璧な西欧建築である。江戸時代の西欧列強と江戸幕府が締結した不平等条約を改正するため、わが国の文明は西欧列強と比較して遜色のないものであることを西欧に誇示する政策が採られた。日本の近代化政策として、当時西欧列強で盛んに建設されていたルネサンス建築を、西欧の建築より高い精度で造った。明治の近代建築教育は、わが国には西欧同様の建築技術があることを主張する意匠教育が行われた。現代世界各国からの要人がこの迎賓館に迎え入れられ、わが国の安倍首相がこの迎賓館に迎えられた写真が迎賓館に多数飾られている。それらの写真は迎賓館の具備する歴史文化性が重要であることを理解させてくれる。

 

当時のわが国では、西欧文明が導入されると西欧思想に日本人はその魂を抜かれる恐れがあると考えられた。そのため、西欧思想は受け入れず、西欧文明と同等以上の建築物を造ることが国家の建築教育として実施された。当時ルネサンス建築様式を最も意欲的に取り入れていたアメリカンボザールやアメリカンルネサンス建築が開発されていたアメリカに日本から最高の建築家片山東熊を派遣し、西欧列強の誇るルネサンス建築や宮廷建築を学び、欧米と遜色のない建築物が建築された。代表例が赤坂離宮である。英国のバッキンガム宮殿はフランスのベルサイユ宮殿と比較して遜色のない宮殿であるが、わが国にはその優れた建築を設計施工する技術は残っていない。

 

明治の近代建築教育は、形態を模倣する技術として学習され実践されたもので、建築思想や建築学として受け入れられたものではない。建築思想が伝承されないため、現代の日本にその建築技術が総合的に伝承されていない。それは建築意匠の模写で建築物を支える建築思想を学んでいなかった「和魂洋才」(ルネサンス思想を受け入れず、西欧のルネサンス意匠を採り入れた)の建築教育の結果であった。赤坂離宮は、日本の近代化が作り出した日本を代表する建築デザインの最高傑作でありながら、日本の建築家の建築技術にならず、わが国の建築学として伝承されず、建築設計は担う人が育っていない。

 

NAHBの「ザ・ニュー・アメリカン・ホーム(TNAH)」

全米ホームビルダー協会(NAHB)が毎年実施しているインターナショナル・ビルダーズ・ショー(1BS)の開催地では、毎年その地域の住民の生活要求と文化的住宅デザインと、最先端技術と材料を駆使した時代をリードする超高級モデルホーム、ザ・ニュー・アメリカン・ホーム(TNAH)が建設さ

れてきた。TNAHは、計画から建設まで、一貫してNAHBが住宅産業界の力を結集し、米国の建築設計理論通り、その時代を代表する住宅産業の課題(資産形成)に取り組んできた。

 

NAHBはIBSの開催地の社会的なニーズに応えるデザイン、歴史文化、技術を検討して最先端の技術を駆使して建設している現代の最高水準のデザインと機能と性能を備えたアメリカ住宅産業が誇る高級住宅である。TNAHはその建設される土地の気候風土に根を張った歴史・文化・生活を継承するとともに、計画された入居者の担っている歴史・文化・生活を豊かに発展させる住宅として、未来に向けて、居住者が世代を超えて生活を育てていく住環境として設計されてきた。

 

超高級モデルホームTNAHは、同時にその社会の最高所得者(ハイエンド)の購買力を考慮して建設され、住宅完成後には売却されてきた。販売することによって、そのモデルホームのデザイン提案が、この住宅市場で常に憧れの住宅であり続けるフィージビリティ(実現可能性)を有することを証明している。このTNAHは、資産形成を確実に実現する住宅設計・施工を社会的に明らかにするNAHB・IBSの目玉事業として、40年近く継続して実施され人気の展示事業である。

 

ここで紹介した米国の5種類の住宅は、それぞれ全く違った性格の住宅であるが、いずれも米国社会で憧れの「ホームとハウス」を考えるとき、話題に取り上げられる住宅である。これらの住宅は時代を超えて多くの米国民に愛されている「歳を採らない住宅」でもあるが、欧米の住宅に共通している考え方に立つ住宅である。これらの住宅には「経年劣化」という言葉が適用されることはない。日本では「減価償却」や「経年劣化」という言葉が住宅を議論するとき必ず持ち出される。しかし、欧米では絶対そのようなことは起こらない。

 

欧米ではすべての人が、自分の住んでいる住宅を住み始めたとき、より良い住宅として住めるように維持管理をし、実際にも購入価格以上の価格で、既存住宅市場で販売する。建物単体を瞬間的に見ていると、欧米の住宅と日本の住宅が同じように見える。しかし、日米の住宅は建設された時点では同じように見えても、時間経過を取り入れて比較すると、欧米の住宅は資産価値を上昇し続けているのに対し、わが国の住宅は資産価値を下落し続けている。日本と欧米の住宅のこの比較研究はその理由を解明することにある。欧米では住宅に入居するときが住宅との出会いであって、そのときから人々が住み続けている間、居住者と住宅との相互関係が育つものと考えている。つまり、住宅の資産価値は、居住者の生活要求を反映して改善され向上すると考えられている。

次回では欧米の住宅設計を紹介します。

(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷英世)

 

 

 

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