チューダー様式

チューダー様式と呼ばれているアメリカンハウススタイルは、 ゴシック様式の発展形である。 チューダー王朝そのものは、エリザベス1世の逝去した1603年に終わることになる。 チューダー王朝時代はヘンリー8世の時代で、 英国が繁栄した。 ヘンリー8世の離婚問顆でローマ法王庁と対立して、 英国国教会(アングリカンチャーチ)を設立した王朝でもある。 ローマ法王 庁の影響があり、 英国王家に抵抗する修道院は破壊していったため、 地方の豪族(封建領主)達は廃墟となった修道院の石積みを破壊して、 その石で自分達の荘園の館(マナーハウス邸宅)をつくっていった。 お国(カントリー)の邸宅ということで、 英国ではカントリーハウスと呼んでいる。 日本では、 米国の西部劇の田舎(カントリー)と勘違いして、 カントリーハウスを「田舎の家」と翻訳している間違い例もみられる。 この地方の豪族(貴族)が都市で生活するときのロンドンやエジンバラの上屋敷、 下屋敷のことを、 カントリーハウスに対して、 タウンハウスと呼んだのである。 このような歴史の中で、 チューダ一時代の建築をローマカトリックと関係の深いゴシックと呼ぶことには抵抗があって、 時代区分に沿って、 チューダー様式、 エリザベス様式、 ジェームス様式などの、 それぞれの時代の王朝名をつけて呼んでいる。 エリザベス時代とジェームス時代は連続しているので、 建築様式的にも類似しているが、 王朝はチューダー王朝からジェームス王朝に代わるため、 あえて一緒の扱いはしていない。

19世紀のアメリカに登場するチューダー様式は、 本来ならば、 ネオチューダー様式、 チューダーリバイバル様式と呼ぶべき ものであるが、 何故かそのように呼ばれず、「大学のゴシック様式」と呼ばれていた。 これは当時米国で、 よく大学を建築する様式として採用されたためである。

厳密にチューダー様式という言葉は、 組積造か、 又はスタッコ仕上げの建築に用いるべきものである。 よくハーフティンバーを採用したものをチューダー様式と呼ぶ例が見られるが、 正確にはエリザベス様式のことで、 エリザベス女王もチューダー時代であることから、 間違っているわけではない。 しかし、 エリザベス女王の時代は、 アングロサクソンのデンマークから持 ってきたハーフティンバーのオリジナルデザインが高く評価された時代で、 シェイクスピアの生誕の地、 シュトラット・ フォード ・ アポン ・ エーボンの町並みが、 その代表的なものである。 この木材を多用するデザインが、 インテリアとしてパネルを壁面一杯に張る、 ジャコビアン様式へとつながっていくのである。

チューダー様式は、 パラペットのついた妻壁石造のマリオン(連窓の中間にある構造中柱)、 トランザム(大きな欄間)をステンドグラスでつくる技術が、 その特色であるといわれている。 アメリカにおけるチューダー様式は、 英国におけるカントリーハウスのデザインが、 貴族の愛した資産家の邸宅のデザインとして使われたことから、 米国の産業革命で生まれた資産家達も、 その成功の象徴として英国のチューダ 一時代のカントリーハウスに勝る邸宅のデザインとして、 豪華な邸宅を建てたことによる。


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