ネオクラシカル様式コンポジットオーダー

トーマス ・ ジェファーソンによるモンティセロの最初のかたち

トーマス ・ ジェファーソンによるモンティセロの最初のかたち

 

第三代大統領トーマス ・ ジェファーソンは、 米国の独立宣言を起草した政治家としても名高いが、 アメリカ国民には建築家としても大変有名である。 トーマス ・ ジェファーソンは、 英国の「ルールアンドアーティクル」と呼ばれる積算資料と共通仕様書が、 当時の組石造建築の基本的なシステムとなっていたことから、 それを自らの著作として発行したことで、 米国における最初の著作権侵害が問われたというエピソードが伝えられているほど、 建築の業務にも精通していた。


右上のイラストはトーマス ・ ジェファーソンが設計したモンティセロと名付けられた邸宅設計の図である。正面に設けられている2階建てのポーチコは下部がドーリア式の柱と、 上部はイオニア式の柱を用いている。 古代ローマにおける建築様式としてのドーリア式(ドーリックシンメトリー)、 イオニア式(アイオニックシンメトリー)と呼ばれたものは、 それぞれ全く別の土地で生まれたデザインで、 前者は男性を、 後者は女性のプロポーションを模式化したものと言われている。 柱(コラム)の根元の径と柱の高さを1 : 7、 1 : 8とし、 柱(コラム)と化粧桁(エンタプラチャー)の比を4 : 1とするといった一定の比率(プロポーション)でつくるものである。 これらの原型は、 実はギリシャ建築のデザイン として開発されたものが、 ローマ建築に伝承された。 しかし、 ルネッサンス時代には、 ギリシャは神話の話とされていて、 古代ローマ文化が西欧文明のはじまりと考えられ、 古代ローマ文化の復興をルネッサンスと考えていた。 そのため、 柱のオーダーも全て、 古代ローマ建築の要素として扱われていた。 古代ローマでは、 これらの各種オーダーを折衷して取り入れられていた。

ルネッサンス時代にアンドレオ ・ パラディオによる「建築四書(Four Books of Architecture)」(1573)が刊行された。この本は古代ローマ時代の建築の復興とされながらも、 実際にはルネッサンス時代にパラディオが設計した多くの建築図面も収蔵されていて、 非常に利用し易い本であったため、 その後の西欧建築の原点ともなる本として利用されることにな った。 パリのエコール ・ デ ・ ボザールの建築教育のベースにされ、 その後米国における主要な建築家の全てがエコール ・デ ・ ボザールに学び、 建築四書をマスターすることになったとも言われている。 ジョン ・ マッキムに代表されるボザールの留学生達が、 アメリカンルネッサンスと呼ばれるほど、 アメリカで大きなルネッサンス運動を展開させたのも、 パラディオの建築四書がその内容として大きな影響を与えている。アメリカンルネッサンスの開花は19世紀に入ってからである。 ネオクラシカル様式は、 パラディアン様式と呼ばれるイタリアンルネッサンスの成果を自由に組み立てて編集したもので、 その構成としては、 ルネッサンス様式で示された各様式の構成比が、 原則として尊重し採用されていた。

ウィリアムズパーグに建つ邸宅建築ネオクラシカル様式

ウィリアムズパーグに建つ邸宅建築ネオクラシカル様式

ウィリアムズパーグはパージニア州の州都として開拓時代、 米国の植民地時代の首都として開発された都市で、 南北戦争で灰儘に帰した。 この都市は世界恐慌後の経済復興のためロックフェラーにより開拓当時のままの姿に復元された。


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