HICPMメールマガジン第799号(2018.09.14)

みなさんこんにちは、

 

明日から3日間の連休が始まります。NPO法人住宅生産性研究会がその事務所を東京化や神奈川県川崎市にあるボウクス株式会社気付に移転してほぼ2カ月経過することになる。ボウクス社が田園調布で計画中の2×4工法のタウンハウス計画は当初の計画通り円滑に進んでいない。その理由はわが国の都市計画及び建築行政が法律にしたがって施行されていないためである。HICPMはこれまでPUD(一団地の住宅開発)により、米国で一般的に実施されている住宅地開発を軌道に乗せようと努力してきたが、開発事業者ではないため「隔靴掻痒」の漢字をぬぐえないでいる。

 

そこでボウクス社の取り組みを第3者の立場から見て推進するために、以下のような「TNDを実現するための都市計画法と建築基準法の文理解釈」というテーマで、3回に分けて必要な問題整理をすることにした。

 

「TNDを実現するための都市計画法と建築基準法の文理解釈」(第1回)

 

わが国で取り組むTND開発とは

米国社会で優れた環境の住宅地を消費者の購買能力に見合った価格で供給する技術が、1992年LGC(ローカル・ガバメンシャル・チャンセラー)がカリフォルニア州ヨセミテ国立公園のホテル・アワニーで開催しまとめられた「アワニー原則」は、その後、アル・ゴア副大統領がまとめた「21世紀の都市白書」になり、現在ニューアーバニズムとして全米だけではなく世界の住環境開発に基本に取り上げられている。「アワニーの原則」のきっかけになった代表的な開発事例が以下の3つの開発である。

 

3種類の1970年代後半に米国で始まった開発

「シーサイド」(フロリダ)でDPZが居住者の生活環境重視で計画したTND(トラディショナル・ネイバーフッド・ディベロップメント:伝統的近隣住区開発)、

「ヴィレッジホーム」(カリフォルニア)で、マイケル・コルベットが取り組んだ地球の有限な資源を活用した『スモール・イズ・ビューティフル』(シューマッハ)の経済学を実践したECD(エコロジカル・コミュニテイ・ディベロップメント)、

「ラグナー・ウエスト」(カリフォルニア)でピーター・カルソープが産業優先の都市開発に対抗して提起した豊かな生活を経済産業開発に優先サステイナブル・コミュニティとして開発

この3プロジェクトはいずれもエベネザー・ハワードの『ガーデンシテイ』の都市開発と都市経営の理論を基本に、21世紀の都市開発・都市経営として、豊かな住環境を消費者のために提供してきた。

 

NPO法人住宅生産性研究会の取り組み

NPO法人住宅生産性研究会は、米国で実現された新しい開発をわが国に展開するために、これらの開発をわが国の住宅都市開開発を実現するために、HICPM会員の取り組む都市開発事業を支援してきた。これらの都市開発事業は、例外なく、都市計画法及び建築基準法が適用される。しかし、都市計画法及び建築基準法は、いずれも欧米の都市計画法及び建築法規をモデルに制定された歴史的経緯があるが、わが国と欧米とは住宅・都市理論も法制度も違っていて、欧米の優れた住宅・都市開発技術及び理論をわが国で展開するためには、正しい法解釈と必要な読み替えをする必要がある。そこで、都市計画法と建築基準法が適正に施行されるためにこれらの法施行上の問題を如何に検討することにした。

 

英国の都市計画法と日本で採用しようとした都市計画法

英国の都市農村計画法は、「土地を建築加工して都市環境を形成し、それを維持管理する」法律であったが、それをわが国では都市開発と建築を行なうための許認可法と勘違いし、立法作業を行なった。そのため、建築基準法の集団規定は、都市計画法に吸収される立法内容となり、住宅局は都市計画法の立法に反対した。都市計画法の立法をめぐって、都市局と住宅局の反目対立が続けば、都市計画法の立法が不可能になることが危惧された。そこで、建設省では法律事務官が土木行政と建築行政の調整する既存の行政利権を尊重する方向で法律を整理し、都市計画法の立法にこぎつけた。

 

英国の都市計画法を換骨奪胎したわが国の都市計画法

そのため、都市計画法は英国の都市農村計画法をモデルにすると言いながら、実際に立法された都市計画法は、新たに市街化区域と市街化調整区域と言う土地開発の区域区分を行ない、それを開発許可行政の下で行う制度として、英国の都市農村計画法の計画許可の法律構成を真似てつくられた。そこで実際に立法された法律は、英国の都市農村計画法とは全く違った都市開発事業法となり、都市環境を形成管理する制度ではなく、それまでの宅地造成を行なう土木行政を都市計画行政と呼ぶことにしただけで、それまでの土木行政と建築行政によって都市開発事業を制御する開発事業法であった。

 

わが国と欧米の都市計画法の違いの基礎(土地と建築物の関係)

特にわが国の民法第87条では、「土地と建築物とはそれぞれ別の不動産」と見なし、1968年、都市計画法の制定時に当たっては、民法の規定に沿って、欧米とは相違した土地の開発許可(都市計画法)及び建築物の確認(建築基準法)の行政処分を、それぞれ独立した開発許可と確認として、都市開発の時系列に従って連続的に行なえるように整理した不動産行政が連続する行政として始まった。

 

都市計画法施行環境未整備な状況での都市計画法が施行

都市計画法立法時点では、わが国の市街化区域の都市施設の整備水準が著しく未整備の状況であって、都市施設が未整備な市街化区域での開発許可を行なう場合には、その開発行為と同時に、開発許可条件とされている都市施設の整備を行なうこととされた。そのため、都市施設の未整備な市街化区域では、開発許可に合わせて開発許可に必要な土地整備をすることは、事実上不可能となり、開発許可が受けられる開発行為をすることができない問題に直面した。それらの区域では開発許可を受けないで開発を行なうことが一般的に行われ、開発許可行政は立法当初から躓くことになった。

 

必要な開発行為(事業)を行なわせるための行政事務

開発許可手続きを避ける行政処分として、「建築行為として行う開発行為は開発許可を要しない」と言う詭弁を使った。また、開発行為を「開発許可を要しない建築行為」として行なわせ、開発許可条件を充足しないで「開発許可不要」として、開発許可申請を免除させた。そして建築確認により建築の基礎工事や外構工事の土地の造成を「開発行為」に代わって行なわせた。又は、「開発行為は存在しない」と説明し、開発許可の事務手続きを省略し、開発行為を容認してきた。都市計画法で規定された開発行為を、建築工事関連の土木工事や外構工事と説明して、都市計画法で定義する開発行為を、「開発許可を行なわない開発行為」(土地整備)を行なわせ、又は、開発許可を行なわないで、「建築工事」として、都市計画法で定めた開発行」を実施する違法な行政処分が行なわれてきた。

 

「開発行為」は「土地の区画形質の変更」と定義

土木行政として始まった都市計画行政は、「開発行為」に関し、都市計画法上、「土地の形質の変更は土木工事である」から都市計画法上の開発行為の対象とするが、「区画の変更は土木工事を伴わないので、開発許可の対象にしない」として開発許可の対象から除外した。「建築工事に付帯する土地の造成は建築工事であって土木工事ではないので、開発行為に入らない」と説明した。その結果、都市計画法で定義された「開発行為」の「用語の定義」が都市計画行政内部で混乱し、違法な介達許可行政が、立法当初から全国的に行われていた。

 

英国の都市農村計画法で定められていた「計画許可」を都市計画法では、「開発許可」と言う法律用語に書き替えられたが、開発許可で建築基準法の集団規定と同じ行政処分を都市計画行政で一体的に行うと説明され、建築基準法の集団既定行政は消滅されると考えられた。土地と建築物の法的性格と、都市計画行政と建築行政の違いが都市計画行政関係者に理解されていなかった上、開発行為や開発許可の法律用語の理解は、法律立法後の都市計画行政関係者に正しく理解されていなかった。

 

都市計画法及び建築基準法で法制化された開発行為が、都市計画及び建築行政関係者による既成概念の上で間違って理解され立法され、法律違反の行政指導が行われてきた。そのため、都市計画法で立法された内容が、都市計画行政と建築行政で行われているそれまでの行政と不連続になり、都市計画法立法時に整理した行政が行なわれず、欧米の住宅都市事業を日本で行なうことを困難にした。

 

都市計画法行政と建築行政の間で迷走したPUD 

都市計画法が制定された1968年は、わが国が高度経済成長の道を上り始めたときで、地価はその後も一貫して上昇し続けていた。その時代に都市計画法に求められていた秩序ある都市成長を実現する都市計画は、公的機関が都市の先行買収を行なって、都市施設計画の整備を先行させ、土地の高度利用を行なって、国民に地価負担の影響を抑制することであったが、地価高騰がそれを不可能にしていた。

 

1950年に、PUDに関する都市計画法及び建築基準法の法整備が占領軍の指導下で建築基準法が制定されたとき、PUDは建築基準法に取り入れられ、都市計画法は建築基準法の姉妹法として関連改正されていた。そしてPUD開発は「1団地の住宅施設」として公共住宅団地開発に広く利用された。その10年後、地価が高騰した米国社会では、タウンハウス開発がPUD(プランド・ユニット・ディベロップメント)の技術を使って住宅地優れた住環境を適正な住居費負担で実現する住宅地が開発されていた。それを2×4工法を取り入れたわが国の都市開発にも応用する動きが生まれていた。

 

しかし、PUD自体の法律内容は、わが国の都市計画法及び建築基準法に取り入れられていたが、米国のPUDの正しく理解されていたわけではなかった。そこで、本文書では、1968年都市計画法が制定された当時、建設省の都市局と住宅局との間で合意され、法文化された内容に立ち返って、欧米で経済的合理性を実現するために取り組まれてきたPUD(プランド・ユニット・ディベロップメント:一団地の住宅施設)を、わが国での都市計画法及び建築基準法で施行するときの問題を検討した。

 

HICPMの用意した本文書の活用方法

ボウクス社にとって田園調布における都市開発は、これからわが国で取り組まれるべきTND事業を順調に展開する上で重要な一歩となるものであるため、その実施のための法律上の問題整理することが望まれている。過去の例を見ても、行政当局には法律上の専門知識も行政実績もなく、都市開発技術者も育ってはおらず、行政関係者には法律条文の文理解釈に立ち返って謙虚に行政処分をしようとせず、都市開発事業の成り行きや貧しい知識経験によって行政処分を行なってきた。

 

ボウクスとしても現在取り組んでいる田園調布における事業は、同社自身の大きな投資を行なって取り組んでいる事業であり、開発に要する時間はその経営に大きな影響を及ぼす。そのため、可及的速やかに問題解決をする必要がある。事業を早期に完成させるため妥協も大いに考える必要があるが、納得に行く(理屈の理解できる妥協)対応をしないと、その後の事態に的確に対応することができなくなる。合理的な問題解決が行なわれないと、ボウクスとして主体性をもった問題処理ができなくなり、行政機関に振り回されることになる恐れがある。そこで、法律の理解と文理解釈を正確に行い、行政運用について十分理解し、事業が引き伸ばされるような事態は回避しなければならない。

 

NPO法人HICPMがこれまでPUD開発と都市計画法及び建築基準法行政に関し、建設本省での立法及び法律施行に、本文書をまとめたHICPM理事長自身が、行政官(建設官僚)としてこれまで取り組んできた問題であるので、その経験を総括した結果をここにまとめた。そこで、ボウクスにおかれてもここにHICPMが整理した内容を検討し、納得のいく対応を取られるために、HICPMが、わが国におけるTND開発を推進するための基礎資料として作成した文書である。

 

都市計画とPUD(プランド・ユニット・ディベロップメント)とは

ボウクス社が田園調布で計画しているTND開発をわが国の都市計画法及び建築基準法に基づいて実施することになるが、わが国の都市計画法と建築基準法の両法は、いずれも英米の都市計画法及び建築法規に影響されて立法された経緯がある。1968年に制定されたわが国の都市計画法は、英国の都市農村計画法をモデルにし、1950年制定された建築基準法は、米国の都市計画法(ゾーニングコード)と統一建築法規・UBC(ユニフォーム・ビルディング・コード)をモデルにして立法された。

 

そのため、わが国の都市計画法及び建築基準法は、これらの英国と米国の法律の考え方の影響を受けているので、モデルとなった英国及び米国の都市計画及び建築法規の考え方や用語の定義を参考にしなければ、法律の歴史文化を適正に受け継いでTND事業を適正に展開することはできない。わが国では、都市計画法及び建築基準法は、「土地と建築物は別の独立した不動産である」と見なされ、法律上、土地と建築物とがそれぞれが、切り離された「別の独立した不動産」と見なされている。

 

英国及び米国では「建築不動産は土地不動産を建築加工して住環境を形成するもの」と考えられている。そこでは一旦建築された建築不動産は土地の一部で、基本的に半永久的に取り壊されることない。建築不動産は減価償却することなく、適正な修繕及び維持管理を継続して行うべきものとされている。住宅不動産は都市資産として、未来永劫にまで使い続ける「物価上昇以上に価値が上昇し続ける住宅不動産」である。土地は、土地不動産に住宅を建設し都市環境を形成させる場合の基本単位と考えられ、そこには、土地と建築物との関係で、以下の2つの土地の種類が認められている。

 

ロット(敷地)とユニット(団地)

(1)  サブ・ディヴィジョン・コントロールを適用する場合の建築物ごとの敷地(ロット)

(2)  PUD(プランド・ユニット・ディベロップメント)を適用する場合の3戸以上の複数の建築物の敷地としての、「1の土地経営管理者が経営管理する」一団地(ユニット)

この「2つの敷地」の取り扱いは、わが国の都市計画法及び建築基準法に立法当時から取り入れられ、現在まで、「宅地」(ロット)、又は、「一団地」(ユニット)として扱われている。「1団地(ユニット)」は、「用途上不可分の1団の敷地」(建築基準法施行令第1条第1号)、もしくは、「1団地の住宅施設」(都市計画法第11条第8号)として扱われてきた。

 

わが国では都市計画法で都市計画決定され、都市計画法の施行者(国土交通大臣から都道府県知事に権利移管された)により認可された法定都市計画を、建築基準法第2章「単体規定」及び第3章「集団規定」を、サブ・ディヴィジョン・コントロール(1敷地1建築物)として適用をしてきた。そのため、「1団地」(ユニット)に対する法適用は、時代ごとの安定しない社会的要請で変更され、時代とともに一団地の法的取り扱いは揺れ動き、欧米のPUDのようにその取扱い方は定着しなかった。

 

都市計画決定された「1団地の住宅施設」

都市計画違法による「1団地の住宅施設」の場合、建築基準法および都市計画法にある条文を実際の行政として展開するとき、まず、都市計画法に取り入れられる以前に、「1団地の住宅施設」が土地収用法に造られていて、その「土地の収用権」の適用条件「50戸以上」の「1団地の住宅施設」との平仄を合わせ、「1団地」の取り扱い条件は、「50戸以上」と戸数も最小が規定されていた。

一方、都市計画決定を必要としない50戸未満の「1団地の住宅施設(PUD)」は「用途上不可分の住宅が建設される一団地」(建築基準法施行令第1条第1号)と扱われた。その2種類のPUDの条件は、団地全体を一人の法人、又は、個人に経営管理されていることである。「1団地の住宅地」の経営・管理から外された住宅は、「1敷地1建築物」の規定(第2章及び第3章)の規定の適用を受ける。

 

1950年、建築基準法の制定当時には、土地の合理的高密度利用と防耐火構造規定の緩和を行なうため、公共住宅団地開発では、「1団地の住宅施設」の「都市計画決定」は広く活用され、原則的に「1団地の住宅施設」の都市計画決定が公共住宅団地ごとに都市計画決定されて行なわれた。その「1団地」に建設された住宅は、建築基準法で規定される「耐火建築物」ではなく、「延焼の恐れのある部分」に防火戸の設置等の防耐火措置を義務付けない「耐火構造」の建築物でよいとされた。

 

建築基準法第86条(一団地の取扱い)

都市計画決定された「1団地の住宅施設」(都市計画法第11条第8項)に対する建築基準法の適用規定は、建築基準法第86条に建築基準法の適用既定の根拠が置かれた。1968年の都市計画法の改正で都市計画法の施行者が建設大臣から都道府県知事に施行権限が移管された。その建設大臣の認可を都道府県知事に権限移譲する時期当たり、住宅局は都市局と折衝し、都市計画法施行担当の建設大臣による都市計画決定を、住宅局の定めた特定行政庁権限による「1団地の住宅施設」の法施行の運用として行うことに変更することを都市局に要求し、違法にも口頭了解を得た。建設大臣の「1団地の住宅施設」の決定権限を(都市計画法施行)から住宅局に委譲し、特定行政庁の執行権限下に置いた。

 

国土交通省の前身である建設省時代に、住宅局が「1団地の住宅施設」の建設大臣による都市計画決定の手続きを、事実上廃止し、住宅局で定めた建築基準法第86条の運用基準(手続き)で足りることにした。都市計画決定を行なった『1団地の住宅施設』には、建築基準法第86条は適用できる法律構成になっている。「1団地の住宅施設(第11条第8号)」の法律条文は立法当時のまま現在も残っている。

しかし、公共住宅団地に対する「1団地の住宅施設」の扱いは、事実上消滅し、住宅局が定めた建築基準法第86条の運用通達に基づき、都市計画決定の手続きを残したまま、都市計画決定をしない「1団地の住宅施設」に対して、特定行政庁の行なう建築行政として建築行政が行なわれている。

 

全米で拡大されたPUD規定の国内での展開

米国の都市計画及び建築法(ゾーニングコードとサブディヴィジョン・コントロール)上、「敷地(ロット)」と「一団地(ユニット)」とは、法律の適用における単位として同じ扱いを受け、団地内の建築物は、法律上一人の個人、又は、法人の監督下にある住宅に限り、その複数の建築物は「一の建築物」と見なした取り扱いを受ける。50戸以上の住宅で構成される1団地は、わが国では、その計画実現のため都市計画決定を行なわれたときには強制権が付与される。欧米では「HOA」(米国)や「トラスト」(英国)の監督下にある一団地は、ユニット(一団地)の法的適用を受け、その住宅地経営管理はカベナント(民事強制契約法)による登記が行われ、強制権で経営が行なわれている。

 

米国で拡大したPUDは、わが国においても、優れた住環境の住宅地を国民の住居費支出の範囲で供給するために有効な制度と判断され、1970年には2×4工法によるタウンハウスを振興するため、住宅金融公庫事業として検討された。土地利用の高密度化を進めるために、住環境の水準を一定以上に維持し、その一団地を計画的に利用する場合の取り扱いをPUD(プランド・ユニット・ディベロップメント:1団地の住宅施設)と言い、公法(都市計画法及び建築基準法)の規制の対象とされている。

 

1960年代において、米国において爆発的に拡大したPUDによるタウンハウス開発は、「戸建て住宅並みの豊かな公園を保有した住環境を、アパート並みの経済負担で実現できる都市開発技法」として、全米に広く拡大し、現在においても都市住宅開発の中心的な住宅地開発技法として使われている。

1970年代、わが国で2×4工法が建築基準法上の一般工法に公開されたとき、住宅金融公庫が同工法を全国に広めるために、「2×4工法モデルタウンハウス」として展開して、各地にPUD開発が取り組まれた。その事業はハウスメーカーによるプレハブ住宅の建て替え事業と競合すると考えられた。

 

戸建てプレハブ住宅の20年ごとの建て替え政策

わが国ではプレハブ住宅を促進するため、日本住宅公団が戸建て木造住宅の建て替えによるプレハブ住宅政策を推進する宅地分譲政策を推進するため、宅地開発事業としてタウンハウスではなく、戸建て住宅供給を推進する宅地分譲を推進した。そのため、「2×4工法モデルタウンハウス」政策はプレハブ住宅により頭打ちとされ、欧米に見られるようなPUD開発は発展することはなかった。

 

その背景には経済政策として木造住宅の建て替えが推進された。それは、2×4工法によってつくられる住宅建築物が減価償却理論により20年で償却済み資産となり、スクラップ・アンド・ビルドを進める住宅政策が、経済政策として政府の住宅政策の基本に置かれた。経済政策として、エンドレスに住宅産業に建て替え需要を生み出す住宅政策が採られ、消費者の住宅所有の資産形成「ストックの住宅」政策ではなく、住宅産業界が高い産業需要に支えられる「フローの住宅政策」になった。

 

その結果、「木造住宅は建て替えを繰り返すもの」という現在日本固有の間違った経済政策の常識が、住宅の資産化を進める「ストックの住宅」政策を放棄させ、「フローの住宅」政策に歪めてしまった。そのため、PUDによる2×4工法タウンハウスという「恒久的な維持管理を行なう都市環境政策」は放棄され、20年ごとに建て替えを繰り返す戸建て住宅政策が産業政策として推進された。

 

矛盾する不動産鑑定評価制度:フローの住宅政策かストックの住宅政策か

欧米では住宅の構造材料の如何に拘らず、優れた住宅として設計・施工され、計画修繕され、善良な維持管理がなされている住宅は、半永久的にその効用を維持し利用され続けると考えられた。その住宅の不動産鑑定評価額も、欧米の不動産鑑定評価制度(アプレイザル)によって、推定再建築費評価(コスト・アプローチ)によって評価され、その評価額は物価の上昇率以上に高い評価を受けている。その結果、「住宅地経営管理のなされている住宅不動産を保有すれば、一般の不動産投資以上の資産価値上昇が実現され」それが欧米の住宅に対する国民の信頼になっている。

 

住宅不動産は単体ではその環境を守ることはできないので、住宅地経営をHOA(ホーム・オーナーズ・アソシエイション:地縁的な環境管理自治体)や個人の住宅経営の下に置き、ハードなルールとソフトなルールにより強制権を具備した住宅地経営を行なうことが「ストックの住宅」政策として必要とされ、実施されてきた。PUDは都市計画法上の公法規制とHOAで定めるカベナント(環境管理の強制権を執行できる民事強制契約)によって、ハードなルールとソフトなルールを強制的に遵守させている。

 

建築協定を見殺しにした建築行政

わが国の建築基準法では、スクラップ・アンド・ビルドによる建て替え支持の住宅政策であったため、建て替えの正当化のための減価償却理論が住宅市場で力をもち、建築協定の規定が米国の建築法規に倣って住環境を育て住宅の資産形成を図る制度として法律に取り込まれたが、建築行政がその最終的履行を避け、欧米のような機能を果たすことはなかった。

 

建築基準法は強制法(公法)である。建築基準法に取り入れられた建築協定は、米国におけるカベナント(民事強制協定)を建築基準法に取り入れたもので、立法趣旨としても強制規定として規定された。しかし、建築行政は、行政に持ち込まれた建築協定を、建築行政が行政権を行使して建築協定を担保するべきであると追及されたしかし、建築行政は民事協定を制定するときには行政指導を行ないながら、建築協定の後ろ盾になることから逃げ、法律の立法趣旨に違反し、建築行政は法施行の担保を逃げた結果、「強制放棄の中の民事契約規定」と逃げの説明(言い訳)をして建築行政の毛帰任追及を回避した結果、建築協定は強制規定として施行されず、住環境を守る機能を果たさないできた。

 

タウンハウス計画の実現

米国の例を見れば明らかなとおり、米国では次の「3つの方法」でタウンハウスが実施されることで、高品質な住宅が、国民の購買力の範囲で供給されてきた。

(1)  タウンハウスは土地を連続住宅というタウンハウス形式の住宅不動産に建築加工することによって、優れた住環境を合理的な価格で消費者の供給してきた。

(2)  タウンハウスは住宅を隣地境界線に接して建設することで、隣等建築物と外壁を2重に接して建設するため、防耐火上、遮音上、断熱機密上、遮音上高い住宅性能を安い工事費で実現できる。

(3)  隣棟間の利用できない空間を省略して住宅地の開発密度を高めることにより、優れた住環境を確保し土地の開発密度を高めることは可能になる。

 

米国の「2×4工法タウンハウス」で最も重視されたことは、高度な防耐火性能を実現するタウンハウスと「ファイヤー・コンパートメント」の理論で、米国およびカナダではファイヤーコンパートメント(防耐火区画)の設置された建築物はファイヤーゾーニング(防火地域)の機影を受けない。欧米とわが国の防耐火規制は、欧米の「加害防止」に対し、わが国は「被害防止」と真逆な防耐火基準になっている。そのため、欧米では人びとの生活空間には可燃物があり、住宅の内部に出火原因(火源)を持っているので、屋内火災を防耐火区画(ファイヤー・コンパートメント)を計画する法律となっている。

 

わが国では1970年建築基準法第改正時には、米国のUBC(ユニフォーム・ビルディング・コード)から防耐火規制の基準を取り入れ、防・耐火区画、避難規定、防火材料規定を取り入れ、わが国でも米国のタウンハウスを導入できる法整備は行なってきた。ただし、わが国にはPUDの技術規定は未整備で、建築基準法の法体系としては米国と同じにまで整備されていない。その後、建築基準法は改善され、事実上,[米国の住宅産業で実施されてきたタウンハウスをわが国で実践することは可能となり、多くの事例が、住宅金融公庫による2×4工法モデルタウンハウス」として多数建築されてきた。

(NPO法人住宅生産性研究会理事長戸谷英世)

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