HICPMメールマガジン第745号(2017,11.13)

HICPMメールマガジン第746号(2017.11.13)

みなさんこんにちは、

今年のノーベル文学賞カズオ・イシグロ著『日の名残り』を読んでいて、NHKTVで放映したのではないかと思いますが、やはり受賞作に文学と思います。そこに登場するバーナードショウやバーネット夫人は、英国のガーデンシティやガーデンサバーブとも関係のある人たちです。私が来る12月6日の「TNDセミナー」の準備をしているときの準備でくわした人であるため、急にこの文学が身近に感じられました。これらの人たちはハワードの理想の共鳴し、その運動を支持しました。

英国を考えるとき貴族(ランドロード)を抜きに考えることはできません。英国のリースホールドによる領地経営が理解できると、ハワードが「ガーデンシティ」で提唱したリースホールドによる住宅地経営の本質が理解できると思いました。そこには貴族がいて、執事がいて、女中頭がいる身分制のはっきりした階級社会ですが、それぞれの階級が職能として相互に尊重し合わないと全体としての機能は果たせない社会で、それが職能倫理という内在的な制約が働くことで、それぞれが誇りのもてる生き方ができていることで、民主主義に通じるものがあると驚いて読んでいます。

「TNDセミナー」は現在田園調布でヴォークスが取り組んでいる「シーダークリーク」がHICPMが進めてきたTND運動のどのような文脈の中で取り組まれているかを「ベラミーから現代の田園調布でのTNDまでの150年の計画経済」の歴という視点でご説明する予定にしています。

 

前月に続き「注文住宅」の説明を継続します。

 

「住宅設計業務」とはどのような業務か

日本の「住宅設計」の定義自体が、住宅は、土地と切り離して存在でき、欧米で使われている土地と一体不可分の住宅とする「住宅設計」の定義とは違っています。当然、建築士法上の設計業務と欧米の設計業務とは、設計者に求められている学識経験が違っています。欧米では住宅設計に必要な知識は、その建設される土地の歴史文化と居住者の成長とともに満足し続けることのできる住環境(人文科学としての建築学)とされているため、住宅を建設後その住宅資産価値が維持向上する「ストックの住宅」に関心があります。家族の成長に合わせて常に高い満足を得られるように成長できる住環境であることと、その住環境に対応できなくなったときにはそれを売却し、購入時以上の価格で売却できることを考えます。その将来のことに考えを及ぼして設計することが欧米の住宅設計です。

一方、日本の住宅設計では住宅産業が住宅販売をすることが目的で、政府が住宅政策上定めた「性能表示」の対象となる住宅を売却するまでが住宅政策の対象とされています。販売し、政府の進めている「フローの住宅」政策では、販売した住宅には関心はありません。住宅の性能表示は実質性能ではなく、計画性能で、確認申請時に審査評価されればよいのです。その評価は政府の優良住宅評価の条件として補助金の需給条件にされています。それは住宅販売時の一過性の計画性能であって、実質性能を保証するものではなく、評価時点を経過すれば、それ以降は住宅居住者に評価された性能を保証するものではありません。それ以前に、性能自体を計測する方法すら政府は準備しておらず、住宅購入者が性能に疑問があっても、実体性能を確かめる方法が「性能表示制度」にはありません。

 

設計業務を「代願設計」に歪曲する建築教育

そこで行われる「物づくり」としての設計業務の成果としての住宅設計図書は、工事内容を確定する設計ではなく、建築基準法令に適合することを確かめられる代願設計の作成がすべてです。建築士法が立法時に米国の建築家法に倣って定めた設計図書ではありません。代願設計では建設工事の内容(工事詳細)を特定できず、工事請負契約を締結するための工事費見積もりも正確にできません。確認済み証を受けた設計図書(代願設計)は実施設計図書ではなく、確認済み証と実際の建設工事を照合して交付される工事検査済み証は、実際の工事を行った実施設計と工事を照合したわけではありません。代願設計では工事監理もできなければ、建築基準法上の建築主事による工事検査を、理論的に検査照合できない設計図書としか言えません。「代願設計」では工事の詳細が分かりませんから、工事費見積もりができません。工事費見積もりができない「代願設計」では、工事の詳細が設計されていないので、それと実際の建築工事とを照合して工事検査をすることはできません。建築基準法で規定している確認審査は、建築基準法制定当時は以下のとおり行うことになっていました。

 

建築基準法上の確認事務とは

確認申請は、建築主による工事を実施する意思を工事の計画を建築主事に伝えることを言います。確認申請により建築主の建築する意思が建築主事から特定行政庁に伝えられ、建築基準法令に適合するように建築する建築行政の対象にされます。そのため、申請された計画(代願設計)は、設計内容として未決定事項があっても、計画申請された事項が建築基準法関連法令に適合していれば、建築主事からは確認済み証は公布されます。しかし、実際の建築工事は工事請負契約を締結してからでないと工事は行なえないので、建築基準法で行う工事検査は、まず、工事請負契約書に添付された実施設計図書が建築基準関係法令に適合していることを工事検査の前段階の事務として確認し、その後、検査確認した工事請負契約書の添付実施設計図書と実際に行われた工事とを照合し、適合していれば、工事検査済み証の前段ともいうべき実施設計が建築基準法に適合した確認を行います。実際の工事検査済み証の交付は、その法令との照合確認した実施設計図書と工事とを照合して行います。

 

誤解されている建築主事の工事検査

建築基準法による工事検査を、「実際に行なわれている工事」と「建築基準法令」とを照合して行う検査であると間違った説明をする人がいます。実際の工事と建築基準関係法令との照合は、仕上がり部分以外は照合自体が技術的に不可能です。構造検査はもとより性能検査は実物と建築基準関係法令とを照合させることは不可能です。建築主事による検査確認も、建築士による工事監理もいずれも、「実施設計図書と工事との照合」になります。そのため「工事請負契約に添付された実施設計と建築基準関係法令との照合確認」が、確認事務なのです。現場写真を撮影することは写真判定内容を写真撮影にその位置とスケールを明確にしない限り検査は出来ません。建築基準法偏重のわが国において、確認事務自体の法律上の規定すら、建築行政関係者も含め、ほとんど理解されていません。

 

正確な工事費見積もりはできない代願設計

日本の建築教育で行われている設計圖書は、「代願設計」で、工事の詳細が確定されていないため、建設工事費の概算見積もりしかできません。そのため、「材工一式」の概算単価で概算工事額を計算し、確認申請書添付設計図書を使った工事請負契約書の締結しかできません。「代願設計」は実施設計図書ではありませんから、工事監理も施工管理(工事管理)も大雑把にしかできません。その原因は建設工事を確定できる設計圖書を作成する建築設計教育が大学及び専門教育機関で行われず、実施設計が作成できず、正確な工事費の見積もりもできないため、それを基に工事請負契約を締結せざるを得なくなっているからです。

 

概算見積りで締結された請負工事費で契約が進められる理由

個人の所得と比較しはるかに高額な住宅建設工事費が概算額として見積もられ、その概算額で工事請負契約額が精算額として確定させられています。それは建設業法違反です。住宅購入者の所得を逸脱した額で請負契約が締結され、住宅ローンは概算見積もりを根拠に行われ、住宅は販売されます。住宅を購入者には返済は難しい住宅ローンの経済問題が未解決のまま、ローン完済するまで残されてします。それは建築学教育として、国民の歴史文化を担う住宅が、住宅を手放さなければなら無くなったときの国民のローン返済能力との関係で計画されなければならない人文科学的教育が抜け落ちているためです。住宅購入者の支払額に適合した住宅を、学識経験を有する設計者が設計を義務付けていることが建築士法の趣旨及び条文の規定です。

建築士が住宅に関する専門的な学識と経験を持っていれば、建築主を破綻に追い込む住宅設計など行なう筈はありません。しかし、日本では実際に建築士が設計した注文住宅を購入して破綻に追い込まれています。その同じ誤りを繰り返させている建築士に、建築士法で期待されている学識経験があるとは考えられません。その建築士は自ら設計した住宅の工事費の見積もりもできなければ、実際の工事納まりも分かっていないのです。住宅設計業務そのものが現在の建築士のほとんどには判っていないのです。その理由は、学校教育で建築学教育が整備されておらず、建築設計を教育する教師が大学の教育者にいなく、学生は建築学を学べず、社会で実務経験を積んでいないからです。工事費に関し素人以下の知識しかなくて住宅の設計を行う建築士は、まともな技術者ではありません。

 

建築士に求められている設計上の学識経験

私が建設省住宅局建築指導課で建築士班長の時、東京大学都市工学部と東京工業大学の社会工学部が卒業生を生み出す時期に来ており、その両大学から卒業生に建築士受験資格を与えてほしという申請が出されました。建築士資格の条件として学校教育での建築学の標準が東京大学建築学科を建築学教育のモデルとすることが行政事務として引き継がれていました。建築士法上の論理で言えば、大学で建築学を4年以上履修し、その後、建築設計・工事監理に関する実務を2年間経験した後、建築士試験に合格した者が建築士として登録し、建築士事務所を開設し、住宅設計ができることになっています。

建築士法制定時のモデルとした米国の建築家法は、大学の人文科学学部建築学科で建築学を学び、卒業後建築設計監理事務所で4年間の実務経験を積んでから建築家試験に合格する規定を日本の建築教育と設計・工事監理業務に置き換えて建築士法の条文が造られました。建築士資格を取得する手続きは米国の建築家法をモデルにしたため類似しています。しかし、米国の建築教育には、基本設計に不可欠な人文科学としての設計教育ですが、日本の建築教育では代願設計を行うだけで建築設計教育をしていない基本的な違いがあります。

 

米国の住宅の設計教育:日本とは異質な基本設計

米国の建築学教育では、「ストックの住宅」で、住宅の計画修繕と善良な維持管理を行なえば、建設されたときの住宅品質を維持し、社会的に高い需要で支持される住宅を供給する住宅設計をする教育をしています。たまたま入居者がその住環境から転出せざるを得なくなったときでも、その住環境は設計された階層にとって憧れの環境として維持管理されているため、それを手放なすときにも、その住宅不動産は、売り手市場を維持できる住宅として維持管理されている住宅です。つまり、住宅は一般の投資同様のキャピタルゲインが得られるように善良管理がされ、市場で取引されます。そのため、手放さなければならない住宅不動産は、購入時以上の市場価格で取引されます。基本設計自身が高い社会性に基づき作成されるため、客観的に見て歴史文化的に高い必然性のある設計です。

 

米国の住宅設計と日本の住宅設計:実施設計

基本設計が決定されると、その基本設計を建築主が購入できる価格で取得できる材料と工法と技能とで建築詳細も計画する実施設計が行われます。米国では実施設計では、住宅に使用する材料と工法、職人の技能を決定することを実施設計業務と言い、この実施設計によって建設工事費を正確に見積もれますし、建設工事現場で工事監理者が設計図書通りの工事監理を行なえます。

一方、日本の建築教育では、工学部で物づくり教育として政府の行政目的に適合した住宅は、確認申請に政府の長期優良住宅政策で、多くの住宅品質の定められた「代願設計」が作成されます。確認申請は「代願設計」によって実施できます。工事のために、工事費見積もりを行ないますが、その代願設計は工事を確定させる建築士法上の実施設計ではありません。「代願設計」では、工事費の正確な見積もりもできなければ建設現場での工事納まりも分かりません。しかし、実際の工事は材料と工法と工事を決めないと工事はできませんから、実際の工事ができるように下請け業者と材料供給業者との折衝を繰り返し、請負価格を「材工一式」の概算複合単価で行い、工事仕様と詳細を決定することになります。

 

代願設計と概算工事費を使った工事費見積もり

そこで決定される工事仕様(材料と労務)は「材工一式」の概算額です。その概算額の計算を通して、設計当初建築主の希望を取り入れて設計上「仮押さえ」された仕様内容は、実際の工事請負契約では予定した工事費総額に収まらないと、実施困難とされ悉く否定されます。設計が着手されたとき建築主と設計者が合意した時の「相場」と言われた工事単価に見合った月並みな仕様に同意せざるを得なくなります。「相場」単価は、「バイキング」の単価と同じもので、「腹いっぱいおいしい料理が自由に選べる」が、「バイキング」テーブルにあるものの中からしか選べません。そこでテーブルにない「仮押さえ」した仕様も反故になり、工事が始まっても仕様が決定せず時間が経過すると、それで工事費が浪費され、当初の「相場」単価で納めるためにも、工事費を捻出しなければならなくなります。その結果、工事費不足になれば、「特記仕様書」の工事監理者による「同等品」(実質的手抜き)承認となります。

 

工務店経営の基本とハウスメーカーとパワービルダーの利益の源泉

一戸の住宅を4カ月かけていたHICPMの会員工務店が、同じ住宅を1か月でできたサステイナブルハウスで工務店は高い粗利を得、職人が高い労賃を得た事例を紹介しました。その逆を考えると、工事遅延による損失が理解できるはずです。大雑把に言って生産性が4倍になれば、工務店の粗利は通年で4倍、職人の労賃も通年で4倍になります。工期の延長は行われている工事では遅れているだけに見えますが、工務店経営という観点で見ると、期間あたりの収益や賃金に生産性が直接的に関係するのです。時間をかけて工事をすることで丁寧な工事ができるという説明は間違いです。

わが国のハウスメーカーも、最近話題になっているパワービルダーも非常に高い生産性を上げて住宅を建設し大きな利益を上げています。彼らの場合、HICPMが米国のNAHBに倣って推進したCMと違っていることは、すべて企業内の「プラモデルのシステム」で高い生産性を上げていることで、生産管理技術はCMと同じです。この技術は企業のシステムの枠を超えては使えず、企業ごとには違うことを「差別化」と言って企業の優劣と説明しています。

建設業経営管理の教育は日本の大学では行なっていません。日本のCMと言われるものは、工事費の見積もり合わせのたたき合いで、「希望者」が開発し、CM技術と名打って全国展開し、現在もその偽CMが跋扈しています。大手建設業者と一部の大学が「CM方式」と言って、「差別化」による下請け叩きを行って元請け業者の利益を拡大する方法を行っています。欧米のCMとは基本が違い、そこには職人の賃金を向上させる考え方は微塵もありません。そのため日本では正しいCM教育が行われていないため、生産性を高めることが、建設労働者や建築主のためであることを知らない建築士ばかりです。工事費見積もりが生産性と関係していることを建築士の多くは知りません。

(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)

 

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