HIOCPMメールマガジン第747号(2017.11.20)

HICPMメールマガジン第747号(2017.11.20)

みなさんこんにちは。

先週末ジャパンホームショーを見学に出かけました。

予想したよりも人出があり出展者はほっとしたことと私も少し安心しました。しかし、私の予想したとおり、米国やカナダの住宅産業からは基本的に相手にされておらず、中国が予想通りたくさん出店していました。日本の住宅政策と住宅産業のニーズに合った対応ができている国だと思いました。現在より20年以上前は、日本は「輸入住宅」政策に国男挙げて取り組んでいて、「優れた品質の欧米の住宅を欧米の消費者価格にどこまで迫ることができるか」ということが国産展示会の関心だったと思います。現在は日本の「差別化住宅政策」に合う形で、顧客を欺罔してでも利益を確実に上げることのできる「姑息な利益追求」が全体の性格となっていて、「差別化」による住宅建材販売の取引ばかりで、展示会全体としての思想はありません。

 

今回も「注文住宅」のお話を続けます。

第747号

建築士に欠如している建設業経営の知識

住宅不動産鑑定評価法としての「減価償却論」

わが国では、政府が住宅不動産の資産価値評価の技術として振り回す「減価償却論」は学問的根拠もなく、世界中で不動産鑑定評価の方法として全く相手にされていません。それを日本政府は、新築住宅の詐欺商売を幇助するため使い、御用学者が学問的な根拠のある不動産評価法として使ってよいとしてきたため、住宅は造られたときが最も良く、それ以降は劣化し続ける「物づくり」として教育されます。住宅価格の問題を住宅購入者の負担や住宅資産形成との関係で考える欧米の「ストックの住宅」の建築学教育は、わが国では無視されてきました。それだけではなく、歴史・文化・生活を扱う人文科学的視点で計画する住宅・建築設計さえ、必修科目に入れられていません。国土交通省が住宅の資産価値は「減価償却論」のとおり減価すると説明してきた理由は、新築住宅がすべて独占価格販売され、購入者が間違いなく詐欺価格で買わされて損失を被っているからです。独占価格販売とは、住宅を完売するために必要な広告・宣伝、営業・販売費用を販売価格で回収する価格を言います。しかも、そのような間違った住宅政策を行ってきたことを、この期に及んで、住宅政策の誤りであるとして認めようとしないところにあります。

 

米国の住宅不動産設計

米国の建築家は消費者の資産形成のできる住宅を設計しています。そのために住宅が都市とともに成熟し、居住者の成長とともに高い満足を与えることができるため、どのような設計をしなければならないかを住宅・建築・都市の歴史から学び、それを設計に生かそうと考えます。米国では設計者に対する基本建築設計教育と同時に、材料と工法をしっかり理解して、実際の工事のできる十司設計図書を作成する建設工学としての実施設計図書の建設工学教育と、施工者に対する工事施工管理教育を建設業経営管理(CM:コンストラクションマネジメント)教育として行ってきました。

米国は世界の代表的な資本主義国で、自由主義経済を旗印に掲げ、「需要と供給とで決まる自由市場」で決められる「市場価格」が物(住宅の価値:モーゲージ及び工事部分の先取特権部分の価値:メカニックスリエン)の価値を表していることで整理されている国です。そのため、価値のある住宅を設計・施工することは、すべて市場価格により、価値を明らかにすることで行われています。また、利益を挙げる概念も、「価格」で表示される「価値」で評価し、それを事業や業務の視点で見るときには、その価値を生み出し取得するときには、「どれだけの期間をかけてその価値を手に入れるか」という「期間単位の利益」を得ることを問題にします。それが「生産性」です。米国では設計、施工、維持管理のすべての業務時間との関係で考える教育が行われています。「生産性の高い設計」、「生産性の高い施工」という概念が米国の住宅産業には貫徹しています。それは、無理、無駄、斑のない「無欠陥(ゼロディーフェクト)」の設計施工と言われています。

 

「工期無限大」(ともかくつくればいい)の日本の工事

一方、日本では、建築教育は「物づくり」教育と説明されていますが、建築士は自らの設計した建築物の実施設計図書を作成する能力を持っていませんし、そこで「時間」を考慮することが求められていることに気付いていません。そのため、自らの設計した住宅の工事期間も、建設工事費も分からないで大学の住宅・建築設計業務を行っています。その結果、作成された設計圖書は、将来を考えた基本設計は存在せず、実際の工事を特定できる実施設計も作成できないため、設計図書では工事費見積もりもできません。工事の詳細も決められません。まず「代願設計」は、建築確認申請用の略式設計で、建築設計者に建築士法上要求されている「設計図書(基本設計及び実施設計)ではありません。代願設計のような設計・工事監理業務を行なう建築教育を大学の建築教育で履修し、ハウスメーカーが最も重視する集客のための広告・宣伝、営業・販売や、現場監督の名称で下請業者の突き上げに合い、設計部に工事納まり図の催促に振り回された使い走りの業務は、工事管理業務でも工事監理業務ではありません。

 

欧米の設計業務

近代建築教育を行なっている欧米の住宅・建築産業では、建築設計者が作成した設計圖書は、それを使って建設する建設工事の詳細まで明確にできる内容の実施設計図書で、工事費見積もりを正確にできる工事用の図書です。そのような建築設計業務が米国のように正確にできるためには、建築工事の標準化、規格化、単純化、共通化が進んでいて、それが建築部品や建築材料になって徹底することが必要です。建築士法がその業務の土台となるべき建築の知識、技術に関し、それを支えている学校教育と社会で業務を担う建築家(設計者)の学識経験と不可分関係にあり、技術力との関係で業務を決めない限り、法律制度で定めた技術や業務が計画通り使えません。設計の略図や概算見積りで工事ができることはないのです。それが日本だけは略図と略算でまともな工事ができると国民に説明してきました。

 

東京大学の権威を私物化する東京大学教授

わが国では、建築士資格の前提になっている大学の建築教育も設計業務に必要な建築教育を行なわず、、社会に出てからも、ハウスメーカーの住宅営業を国土交通省は建築士法上の「設計工事監理業務経験」と見なして、建築士法で明記されている「設計・工事監理の実務経験」もなしで建築士試験を受験させ、建築士試験の合格した人で建築士資格を与えられたた人が建築設計者及び工事監理者であると言って設計及び工事監理業務をしている人の圧倒的多数を占めています。その上、建築士法で定めた就業制限規定を利用して、集客し、設計・工事監理業務の成約が行われているのが実情です。当然、建築士資格を持っている人のほとんどは、建築士法が立法当時、建築士法が期待した学識経験を持たず、設計・工事監理技術を持たなくて建築士資格を得た人たちです。しかし、建築士制度ができた当時、東京大学の教授で、建築士資格を持たず、建築士事務所を開設せず、大学の研究室で学生たちを只働きさせ、設計・工事監理業務報酬を得、「建築研究の一環として学生に実習をさせて何が悪い」と建築士法違反を犯して利益を得ながら、行政官にかみつくことがありました。

1963年当時、日本建築学会には建設省住宅局の行政部費で、住宅生産近代化政策を進める調査研究委託費が交付され、建築の基準寸法を定めるため、日本建築学会にモデュラ・コ・オーディネイション(MC)研究部会が設置されました。池辺陽委員長の元に、内田昌哉、池田邦明、広瀬鎌二など先端的工業化技術に取り組む学者・研究者たちと住宅局から2住宅専門官(松谷、牛見)が参加していました。最初はル・コルビュジエの提唱したモデューロールの学習と日本の尺・間との比較検討から始まり、既存の利権を漁る学者研究者の本音が出されました。4年間を超える会議に私は建設専門官の代理で出席し、東京大学教授や卒業生たちの「東京大学を特権と意識し、同窓意識で国家権力を支配する法令無視」の意見をいやというほど聞くことがました。そこでは設計業務は、東京大学という秀才の頭にひらめいたことを図面化することのように考え、当時は「神以上の存在」と彼らが信じていたコルビジュエのアイデァをまねることが近代建築であるかのように口に出して威張っていました。

 

東京大学と中央官僚の体質の源泉

建築士法に関して、「大学で俺たちが建築学を教育してやった官僚たちが、建築士法を立法したからと言って俺たちの受験資格を審査し、資格試験で採点し、合否を判定するような馬鹿なことはあってはならない」と言い、業務上、建築士資格が必要というならば、東京大学教授には、熨斗を付けて、無審査で与えるべきだ」と平気で口にしていました。住宅官僚の過半は東大卒で、教え子が元教師の東京大学教授には厳しく対応できなかった時代でした。その後も東京大学を、違法に建築設計事務所として使い、当時盛んに行われていた建築の設計競技(コンペ)に応募し、賞金を得え、設計工事監理業務費を国家公務員法に違反し、本国家の施設と国家から給与を得て作成したため、本来国家に帰属するものを着服してきました。その代表的な建築家が丹下健三や大谷幸雄教授らで、その行政上の背任行為を行ってきた人脈が建築学科と都市工学科卒業生で、耐震偽装で取り沙汰された指定確認検査機関の日本ERIや、その不正を問題にせず、政治家と深い関係をもつ国土交通省の住宅局人事に繋がっています。

 

近代建築を「図案」と理解し、人文科学と理解しなかった東京大学の建築教育

個性的なデザインが話題になり有名になった建築家もいます。しかし、欧米の建築学の学習の上に建築様式を学び、その上で豊かな学識経験を発揮して歴史に残る建築設計をした建築学者は極めて少ない状況です。建築物を通して人類の思想を伝えようとすることはなく、目新しさを優れた設計と考える教育が行われてきました。その建築士と対比される建築士不在の住宅設計業務を行なうハウスメーカーの設計システムは、有名建築家の設計と共通し、建築雑誌を賑わす時代の流行をつくってきました。ハウスメーカーの住宅設計は、3年ごとに時代のトレンドをつくり、モデルチエンジをしなければ見飽きられる高額ですが、使い捨ての住宅設計をしてきました。

ハウスメーカーで注文住宅を建設した人で、確認申請書上に記載された建築士の設計者及び工事監理者を見た人はありません。言い換えれば、日本の建築士制度上の資格を与えられた建築士はいなくても、建築基準法上では確認申請上、適法に設計・工事監理がされたことになっている住宅がつくられ、名義人の建築士が存在しなくても、誰も社会的な不都合を感じていません。ハウスメーカーは建築士法違反で業務を行なって罰則は課せられる心配はなく、不都合を感じていません。その事実は、建築士制度が不要であると言っているのと同じです。

 

建築士法どおりの法施行が行われていない事実とその対応策

それでは建築士法で定めた立法趣旨どおりの建築士が存在しないことで社会的にどのような不利益が生まれているかを考えて見る必要があります。建築士の活用は建築士法上で義務化されていますが、建築士法は、国民が住宅を購入することで資産を失うことがないようにするためです。現実には建築士が設計・工事監理を行なった住宅が資産を失い国民に苦痛を与えています。そのような事態が起きないようにするためには、現在の建築士法を蹂躙した建築士法行政と、大学の建築教育を含んで、建築士法の立法趣旨と条文どおりに建築士制度を直すしかありません。

(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)

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